薇桜(引き継ぎ失敗しました💦)

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12/26/2024, 11:20:27 AM

 ついに戻ってきた。いや、戻ってきてしまった。この場所、師匠との修業の地。
「ただいま、師匠。」
近くの川で獲ったのだろう魚を焼いている師匠に、私はそう声をかけた。師匠は徐に振り向いた。誰かが近づいてきていることはわかっていたのだろう。師匠は警戒心が強い。
「…ナツリ?」
「そうだよ。」
「どうかしたの?」
10年ぶりくらいなのに、そんな感じが全くしない。師匠の見た目が変わらないからだろうか。それとも、私の成長と衰えを師匠が口にしないからだろうか。まぁ、そういう師匠だけど。
「お願いがあるの。」
「…必要ないでしょ。」
師匠は焼き魚の方に向き直った。
「…どういうこと?」
「弟子の打診なら受け付けないよ。私はそういうことはしない。」
「…なんでわかったの?」
「体を見れば、中身も見える。少し痩せたね。あなたは何かに心を乱されている。そのせいで力を発揮できていない。」
師匠の言う通りだ。何に乱されているのかは、わかっている。でも、自分じゃどうにもできなくて、だからここに帰ってきてしまった。
「私、怖くて。このまま力を失ってしまうのか不安で。」
なんて声で、なんて情けない言葉だろう。弟子がこんなで、偉大な師匠の名が傷ついてしまう。
「それも、ナツリでしょうに。」
師匠は俯く私の頭を撫でた。私は顔をあげる。
「あなたはあなたのままで。」
さっきまで無表情だったのに、あたたかいほほ笑みを浮かべる師匠。
「…こんな私で、いいの…?」
「もちろん。そうだ、魚食べる?いい感じに焼けたんだ。」
師匠はマイペースで、相変わらずだ。ほくほくした顔で魚のにおいを嗅いでいる。
「…師匠は変わらないね。」
目頭が熱くなっている。私は必死に堪えた。
「変わらないものなんてないよ。あなたはこれでまた一歩成長する。」
「…師匠は?」
「あれ、気づいてない?」
師匠は私の後ろに目をやった。私はそれにつられて顔を向ける。そこには、ちょうど10年前くらいの私のような子が薪を抱えていた。
「今の弟子。来ていいよ。」
師匠が呼ぶと、その子はトテトテと歩いてくる。
「私も、変わってるよ。この子は、大人しいから。昔より、優しくなったかも。」
確かに、師匠はもっと無口だった気がする。
「そうだね。」
私は少し安心した。私は、変わっていい。そう思えたから。

12/15/2024, 11:12:11 AM

「今年はまだ降らないね、雪。」
彼は今にも雪が降りそうな雲を見つめて、そうつぶやいた。
「降らなくていいよ、寒いだけだから。」
そんな彼とは対照的に私は、集めた薪に火をつける。
「はは、相変わらず寒がりだね。」
彼も手伝ってくれて、すぐに火は大きくなった。
「うん。」
「でもね、雪が降るからこそ、美しいものだってあるんだよ。」
「知ってるよ、去年も聞いた。」
彼はそういうのが好きだから。
「そう。」
「でも寒いもんは寒いんだよ。」
私は火に手をかざす。
「そうだね。」
彼も同じように手を出した。私は知ってる、彼も寒がりで、だから大して雪を待ってるわけではないことを。でも彼は、私の前では強がりで。
「早く降らないかな。」
「ふふ、そうだね。」
「何がおかしいの?」
「ううん。なんでもない。」

12/1/2024, 9:42:51 AM

(日記)
最近無性に泣きたくなるときがある。
今日は気分じゃないからってドタキャンされたとか、きつい言い方されたとか、課題がむずすぎて終わらないとか、どうしようもなくて悔しくて泣きたくなる。
自分がどうしたいかとかどうなりたいかとか、わからなくて、目の前のことに精一杯だったり、他の人のことを考える余裕なんてなくて、無意識に自分もそんななのかなって思ったり。
そういうとき、親身に話を聞いてくれて、泣かないでって言わないで、それも一種のストレス発散とか、私の代わりに怒ってくれて、感謝しかない。

…疲れてるのかな、私。

11/27/2024, 6:47:08 AM

 何で君は無理するのだろう。バレないとでも思っているのだろうか。そんなの、ほんのりと赤く染まった頬を見れば、また少し動き回っただろうことなんて、すぐにわかる。
「何してたの。」
「…。」
「僕はここで大人しくしててって言ったよね。」
こくんと君はうなずいた。
「部屋に戻ろう。」
僕は君の手を取った。
「っそれはダメ!私はここにいる。」
触れてわかる。微熱だったはずだけど、完全に上がってる。
「どうして?」
「…助けてって言われたのは、私だから。彼を助けるために、私はもう一度彼と会わなければならない。」
とろんとした目で、でも真剣な表情の君は、一生懸命な人を応援したくなる性分だってことを、僕はまた思い知る。もともと君が微熱だったのは、その性分のせいで大怪我を負い、それによる発熱だというのに。
「シャト君は、私に逆らえないことを、私は知ってる。」
君は静かに、きっぱりと言った。それはその通りで、実力的には君には逆らえないんだけど、
「だってシャト君は、こういう私にも惚れているから。」
無理するところは好きじゃないって言えたらよかったのに、健気なところが可愛くて、僕は何も言えなかった。
「君はずるいね。」
「知ってる。」
なんだか顔と、君に触れる手が熱い。僕も微熱に浮かされているのだろうか。

11/21/2024, 8:24:09 AM

 記憶喪失の少女と暮らすようになって1週間。彼女の手がかりはないかと、毎日彼女と出会った浜辺を歩いていた。3日ほど前に拾ったキャンドルに、彼女は懐かしいと言ったから、他にも何かあるといいなという希望を抱いて。
「今日も散歩かい、暇なんか。」
浜辺掃除をする、近くの宿屋の主人だ。
「やー、そういうわけじゃないが、ちょっと探し物をね。」
「何を探してるんだい?」
「…珍しいもの…?」
「なんだそりゃ。」
「あはは…。」
訝しげな主人に、おれは空笑いする。
「これは違うか?さっき拾ったんだ。」
そう言ってポケットから出されたものは、ピンクの真珠のような石だった。真珠ほどきれいな球ではなく、五角形に見えなくもない。何をかたどっているのかわからないが、それは、目を奪われるほど美しかった。
「…。」
「見惚れすぎだろ、ビー玉か何かだろうが。」
「だとしても、かなり丁寧に磨いていないとこうはならんだろう。それにビー玉なんて比べ物にならないと思うぞ。」
「まじかよ、こんな玉が?それじゃ、よっぽど大切なものなんだろうな。落としちまったなんて、かわいそうに。」
「主人、これ譲ってくれないか?もしかしたら、おれが探してるもののひとつかもしれない。」
あの少女のものではないか。彼女が何者なのかの手がかりになるのでは。
「お前のなのか?」
「いや、持ち主に心当たりがある。違ったら返すから、頼む。」
「まぁ、おれのじゃないから構わないが、そうだな、違ったら返してくれ、しばらくは宿で保管するからな。」
主人はあっさりとそのピンクの石を渡してくれた。

 家に帰ると、少女がニコニコと、今日は何を拾ってきたの、と聞いてきた。
「これ、見覚えあるか?」
おれは先ほど手に入れた石を見せる。
「…。」
彼女の目は釘付けになっている。
「やるよ。っていうか、お前のだろう?」
彼女は大切そうに石を受け取った。
「わかんない。でも、なんか、安心する。」
「そんなに磨いてあるんだ、宝物か何かだろう。もうなくすんじゃねーぞ。」
「うん。」
彼女は何か思い出した様子はなかった。何故その石が宝物なのかはわからない。だが、そんなことは今はどうでもいい。今のおれにとっては、記憶喪失で胸の内に何を思っているかわからない彼女のはにかんだ笑顔の方が宝物だ。

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