薇桜(引き継ぎ失敗しました💦)

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 ついに戻ってきた。いや、戻ってきてしまった。この場所、師匠との修業の地。
「ただいま、師匠。」
近くの川で獲ったのだろう魚を焼いている師匠に、私はそう声をかけた。師匠は徐に振り向いた。誰かが近づいてきていることはわかっていたのだろう。師匠は警戒心が強い。
「…ナツリ?」
「そうだよ。」
「どうかしたの?」
10年ぶりくらいなのに、そんな感じが全くしない。師匠の見た目が変わらないからだろうか。それとも、私の成長と衰えを師匠が口にしないからだろうか。まぁ、そういう師匠だけど。
「お願いがあるの。」
「…必要ないでしょ。」
師匠は焼き魚の方に向き直った。
「…どういうこと?」
「弟子の打診なら受け付けないよ。私はそういうことはしない。」
「…なんでわかったの?」
「体を見れば、中身も見える。少し痩せたね。あなたは何かに心を乱されている。そのせいで力を発揮できていない。」
師匠の言う通りだ。何に乱されているのかは、わかっている。でも、自分じゃどうにもできなくて、だからここに帰ってきてしまった。
「私、怖くて。このまま力を失ってしまうのか不安で。」
なんて声で、なんて情けない言葉だろう。弟子がこんなで、偉大な師匠の名が傷ついてしまう。
「それも、ナツリでしょうに。」
師匠は俯く私の頭を撫でた。私は顔をあげる。
「あなたはあなたのままで。」
さっきまで無表情だったのに、あたたかいほほ笑みを浮かべる師匠。
「…こんな私で、いいの…?」
「もちろん。そうだ、魚食べる?いい感じに焼けたんだ。」
師匠はマイペースで、相変わらずだ。ほくほくした顔で魚のにおいを嗅いでいる。
「…師匠は変わらないね。」
目頭が熱くなっている。私は必死に堪えた。
「変わらないものなんてないよ。あなたはこれでまた一歩成長する。」
「…師匠は?」
「あれ、気づいてない?」
師匠は私の後ろに目をやった。私はそれにつられて顔を向ける。そこには、ちょうど10年前くらいの私のような子が薪を抱えていた。
「今の弟子。来ていいよ。」
師匠が呼ぶと、その子はトテトテと歩いてくる。
「私も、変わってるよ。この子は、大人しいから。昔より、優しくなったかも。」
確かに、師匠はもっと無口だった気がする。
「そうだね。」
私は少し安心した。私は、変わっていい。そう思えたから。

12/26/2024, 11:20:27 AM