はぐるまのまち。
中心には高々とそびえる時計塔があって、裏手には古びた自転車が1台備え付けられている。
自転車を漕ぐのはエリックのやくめ。
時計が鐘を鳴らすと、エリックは控室から出てきて自転車に跨る。
ひとこぎ、ふたこぎ。
キィキィと音を立てながら、ゆっくりとはぐるまが回りだす。
そうすると、空の色もゆっくり変わっていく。
5回の鐘の音は夕刻の合図。
ゆっくり、ゆっくり自転車を漕ぐ。
空がうっすら、赤らんでくる。
ほら、一番星だ。
(お題:自転車に乗って)
いつものお薬を、1錠、2錠。
これでひとまず、体の健康は確保できる。
いつものカッターで、1筋、2筋。
これでひとまず、心の健康も確保できる。
(お題:心の健康)
君の声が好きだ。
君の唄が好きだ。
叶うなら一晩中聴いていたいと思う。
でも生憎僕にはその資格がない。
「あいつ昨晩どうだった」
「ああ、評判通りだ。いい声で啼いてたぜ」
そんな会話を背中に聞きながら、遠目で今日も君を見つめる。
僕には、それしかできない。
(お題:君の奏でる音楽)
いいじゃないか、もう。
ここまでそれなりに頑張ってきた。
人並みに満足もしている。
ここが終点でも、後悔はない。
それでも。
ふと遠くに灯りが見えた気がした。
幼い頃読んだ「マッチ売りの少女」の幻のように。
遠くて小さいけれど、いくつもの灯りが浮かんで。
その中に何か、大切なものがちらついていた。
うん、やっぱり、もう少しだけ、行こうか。
あの、灯りのところまで。
(お題:終点)
長子で初孫。
姉は文字通り、蝶よ花よと育てられた。
私は普通に育てられた。
平凡な顔、平凡な能力、平凡な性格、平凡な育ち。
無個性の友達とありふれた会話をし、
どこにでもいそうな男とテンプレのような恋愛をした。
手厚く育てられた姉は、自尊心がすごかった。
不細工な顔、足りてない能力、エベレストのような自尊心、全肯定の育ち。
こじらせないわけがなかった。
どこで出会ったのか聞きたくなるような友達とつるみ、
芸能人にも見当たらないような男に引っかかった。
そして妊娠した。
初めて両親は姉を叱った。
姉は何も理解できていないようだった。
その頃私は平凡な男と結婚し、平凡な2児の母になっていた。
長男は両親にとっては初孫のはずだが、私の子どもにはさほど興味がないのだろう。
平凡に祝われてそれきりだ。
両親が孫として期待していたのはあくまでも姉の子ども。
その待望の子供がやってきたのだから祝福してやればいいのに。
私は平凡な人生を幸せに生きる。
両親と姉は、一生蝶よ花よごっこを楽しんでいたらいい。
(お題:蝶よ花よ)