うに

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7/26/2024, 11:05:36 AM

トロッコ問題をご存知だろうか。暴走するトロッコの先に線路が二股に分かれていて、片方の先には一人、もう片方の先には五人がいる。「あなた」はトロッコの行き先を操作することができる。その時、一人を殺すか、五人を殺すか、どちらを選ぶかという問題だ。

これを先日、アイスブレイクとしてゼミで出してみた。皆、一人のほうが罪の意識が軽くなるとか、五人が犯罪者ならそちらを選ぶとか、子供と大人なら大人を選ぶとか、そのような議論に終始していた。

一人、議論に加わらない学生がいた。授業態度は真面目な彼が、サボっているとは思い難い。そう思ったので、議論の時間のあと、私は彼を指名して、考えを発表させた。

彼は簡潔に答えた。
「自分がトロッコの前に出れば六人とも助かります」

私は戦慄した。




(お題:誰かのためになるならば)

7/26/2024, 4:42:58 AM

期末テストの返却も終わった。来週から夏休みが始まる。でも俺は憂鬱だった。平均点をギリギリ越えた程度の試験結果、こんなものを親に見せたら、また怒涛の説教が始まるのだろう。
こんな成績でどうするの、大学は最低でもMARCH以上じゃないとお金出しませんからね、ああやっぱり1年生のときから塾に行かせておけばよかったのよ、……
このままじゃまずい、というのは自分でもわかっている。でもなんとなく、本気になれないのだ。勉強も、他のことも。
多分、何をしても拭えない閉塞感のせいだ。何をどれだけ努力しても、見えない壁が、見えない天井が、俺の行く手を阻む、そんなことを繰り返して、俺は諦めることを覚えた。
大学だって、受からなければそれはそれでいい。どうせ、大卒でも高卒でも、社会の歯車になる期間が数年違うだけのことだ。
不意に背中に衝撃を感じた。振り返ると淳弥がいた。どうやら背中を叩かれたらしい。
「暗い顔してどうした? そんなに結果悪かったのか?」
淳弥は学年で五本の指に入るほど成績がいい。正直に答えるのは癪だったので
「お前よりはな」
と答えてやった。嘘はついていない。
「そりゃ、俺と比べるのが間違いだ」
淳弥は悪怯れもせずに言う。……こういうところが、女子からするとたまらなく魅力的らしい。理解に苦しむ。女子だけじゃなく、男子にも淳弥は人気者だ。人当たりの良さとコミュ強、ちょっとのヤンチャ。教師共の信頼も厚い。でも俺は淳弥が苦手だった。それは、小学生の頃の、忘れられない出来事。

当時、俺のクラスでは文鳥を飼っていた。ピーちゃんと名付けられたその文鳥はクラスのアイドルで、休みの日には誰が家に持ち帰って世話をするのか、いつも争奪戦になった。
淳弥は6年生の三学期に俺のクラスに転入してきた。持ち前の性格か、すぐにクラスに馴染んだ淳弥は、早速ピーちゃんを家に連れ帰る権利を得た。
金曜日、一旦友達と帰りかけた俺は、忘れ物に気づき教室に戻った。その時、見てしまった。淳弥が、鳥かごを開いて、そこに手を突っ込んで、ピーちゃんを握りつぶしていた。
俺は、見てはいけないものを見てしまったことに動揺して、走って帰った。
月曜日、空の鳥かごを持って登校した淳弥は、自分の不注意でピーちゃんを逃がしてしまったと担任とクラスのみんなの前で涙を流した。人気者の淳弥を責める人はおらず、卒業までの2ヶ月間、空になった鳥かごだけが淋しくクラスの後ろに置かれていた。
俺は真相を知っている。でもそれは、誰にも言ってはならないことだと口を噤んだ。このことはしばらく夢に見た。冬なのに汗をかいて飛び起きた。夢の中で淳弥は俺に気づいていた。気づいて、笑っていた。

「こんな成績じゃ、オカンがまたうるさいだろうなってさ」
ため息とともに愚痴る。成績の悩みは淳弥には無縁だろう。
「大変だな」
「他人事かよ」
「実際他人事だし」
「そりゃそうだけど」
「……文句言われるから帰りたくないのか?」
気がつくと、クラスメイトはもうみんな帰ってしまったらしく、俺は淳弥と二人きりになっていた。
「うーん、まあ、憂鬱ではあるよな」
「そういうの、窮屈じゃない?」
珍しく真面目な顔で淳弥が聞いてくる。
「そうだな……ずっと何かさ、気持ちが箱か何かに閉じ込められているような気がする」
俺もつられて真面目な顔になる。
「閉塞感っていうかさ、どの道を選んでも、行き着く先はどうせ一緒なんだろうな、とか思うと、なんか気力がわかないっていうか」
「ふぅん……その箱から出たいとは、思ったことはない?」
「あるよ」俺は即答した。
「あるに決まってる。でも……」
出る方法がわからない。わかるなら、とっくにそうしている。
「じゃあさ、……俺が出してやろうか」
俺は思わず笑った。
「そんなことできるなら、お願いしたいね」
淳弥は笑わなかった。代わりに、右手を、伸ばして、俺の首を、





(お題:鳥かご)

7/24/2024, 5:12:52 PM

最近隆二とぎくしゃくしている。
理由はわかっている。
世奈だ。
五年の時までは俺のそばにいることが多かったが、六年になってから俺より隆二と一緒にいることが増えた。
二人が仲良くなったのは、隆二の通っている英会話教室に世奈が通い始めたのがきっかけらしい。
風邪などで隆二が教室を休むと、世奈がプリントを持ってきたり、課題を伝えたりするのに家を訪ねて来るようになったというのだ。
世奈は、顔はまあ普通だが、胸がとにかくデカい。そして隆二は巨乳好きだ。とてもわかり易い。

俺と隆二は幼稚園からの付き合いだ。
小学校に入ってからは生憎五年まで同じクラスになることがなく、一方世奈と俺は二年からずっと同じクラスだった。
世奈のことははじめは嫌いではなかったが、四年の二学期頃から「世奈が理のことを好きらしい」と噂になり始め、なんだか面倒になって避けるようになってしまった。世奈は懲りずに、俺の周りをうろついていたが。
五年生になり、隆二と同じクラスになって、俺は隆二とまたつるむようになった。世奈は相変わらず俺の近くをうろちょろしていた。そんな世奈の前で、隆二は挙動不審になり、俺はなんとなくこいつの気持ちに気づいた。
隆二は世奈が好きで、世奈は俺が好き。
でも、表面上はなにもないように振る舞っていた。俺は隆二と遊べればそれでよかった。
それなのに。
世奈と隆二が仲良くなると、二人は俺を外して話すようになった。はっきり言って面白くなかった。

そんなある日、珍しく隆二が俺を呼び出した。
以前はよくあったことだ。
「理、ちょっと話したいことがあるんだけど」
「なに」
「……昨日、俺、英会話休んでさ、世奈が家に来たわけ」
いつものことだ。
「でさ、……俺、世奈のこと……押し倒した」
「はぁ!?」
予想外の展開に思わず声が出た。
「家に俺だけでさ、世奈のやつ、超薄着でさ、気がついたら、その」
「いやいやいやいや!」
何してんだよ。思わず突っ込む。
隆二はそのまま黙ってしまった。顔が赤い。
「で、どうしたわけ?」
仕方がないので先を促してやる。
「や、普通に、そーいうのやめよ、って言われて、プリントだけ渡されて、帰られた」
どうやら何事もなかったらしい。世奈のほうが一枚も二枚も上手だったということか。ほっとした。
「何もなかったならいいじゃん」
「で、俺、気づいたんだ。世奈のことが好きだって」
遅っ! 他人の俺が一年以上前に気づいたことをやっと自覚したというのか、こいつは。
「でも、理も世奈のこと好きだろ? 俺、恋と友情と、どっちを取ったらいいのかすごく考えて」
盛大な勘違いが発生している。俺が世奈を好きなんじゃない、世奈が俺を好きなだけだ。
「俺、こんなことで理との友情を失いたくないんだ。だから! 正々堂々と、選ばれた者勝ちってことでいかないか?」
隆二はなんだか、陶酔している。
俺は深く息を吐いた。
「ああ、わかったよ」
「ありがとう! 理ならわかってくれると思った!」
隆二は抱きついてきた。大げさなやつだ。
「話は終わりか? なら教室戻ろうぜ」
軽くあしらうと、隆二は体を離してニカッと笑った。
「やっぱ、俺たちの友情は永遠だな!」
そうして、教室へと歩き出す。

……友情、か。
まあいい、そういうことにしておこう。

俺は誰にも聞こえないくらいの溜息をついてから、隆二を追いかけて歩き出した。


(お題:友情)

12/31/2023, 1:13:03 PM

今年読んでくださった方、ハートくださった方ありがとうございました!
不定期更新ですが、来年もよろしくお願いいたします!


(お題 良いお年を)

12/11/2023, 4:54:01 PM

「うーん……」
澪は何度も画面を閉じたり開いたりしながら苦悩していた。
テーマに対する答えが全く出ないのだ。
澪は高校で、文芸部に所属している。そこで月に一度、共通のテーマに対して部員がそれぞれオリジナルの作品を持ち寄ることになっており、その課題作文をしているところだ。
今回のテーマは「何でもないフリ」。それに対して何も浮かばないわけではない。仲違いする二人、何でもないフリをするが内心は互いを気にしていて、……とそこまで思いつき、ありきたり過ぎて粗筋を消した。そこから先、何も進まないでいる。
(誰かとかぶったらつまらないしなあ、どうしたもんかな)
悩みに悩むが、何も出てこない。締切は明後日に迫っている。執筆の時間を考えると、もう粗筋は決まっていなければならない頃合いだった。
「澪、ごはん」
黎が呼びに来た。
「わかった、すぐ行く」
「早くしろよ」
黎は扉を閉めると去っていった。
(仕方ないよな)
本当は、夕飯の前にどうにかしたかったのだが。澪はスマホをポケットにしまい、リビングへと向かった。

夕飯は豪勢だった。普段は忙しいからか、ごはんに大皿のおかず一品というような献立ばかりのこの家で、大皿三品にスープまでついてくるような食事が出るとは。今日は誰かの誕生日だったか?その割にはケーキはなく、食卓の雰囲気もなんとなく暗い。
「さあ、どうぞ」
無理に明るい声を出したように母が言う。
「んむ」
父はテレビから目を離さないまま、肉を摘む。
「今日はスーパーで安売りしていたから、ごはんいっぱい作っちゃったの。どうかしら、黎」
「悪くないんじゃない?美味しいよ」
「そ、そう。澪はどう」
「うん、美味しい。でも、作り過ぎじゃない?」
「やっぱりそうかしら。おかわりもあるのよ」
「げっ……そんな食えないよ」
いつものような他愛もない会話だが、どこかギクシャクしている。母の様子が変なのだ。ふと脳裏に創作テーマが過る。何でもないフリ。
(母さんは苦手みたいだな)
明らかに何かあったと、それほど鋭くない澪でも察せられた。何があったのかはちょっと気になったが、下手に話を振って地雷を踏み抜いたら適わない。結局表面上はいつもと同じような会話を続けながら、夕飯は幕を閉じた。

食器を下げて、澪と黎はそれぞれ自室に向かった。
「兄貴」
部屋に入ろうとする黎を呼び止める。
「なんだよ」
「今日、なんか母さん変じゃなかった?」
黎は澪より察しが良い。なにか知っているんじゃないかと思って聞いた。
「ああ、俺と母さん、喧嘩してるから」
答はあっさりと返ってきた。
「え、喧嘩?」
「そう。二人きりだともう……3日くらい口利いてないかな」
「え、そうなの?え?」
全く気づいていなかった。
「ちょっと揉めてな」
まあ、折れる気はないけど、と黎は続けた。
「澪には関係ないことだから気にしなくていいよ」
そう言うと黎は部屋に入ってしまった。
(なんだよ……3日って)
全く気づかなかった。黎は何でもないフリがうますぎる。それだけに。人一倍、なにか抱え込む傾向が黎にはあった。
(……よし)
意を決して澪は、黎の部屋の扉をノックした。
たまには弟が兄の相談にのるのも悪くないだろう。
部活の課題のことは、澪の頭からはすっかり抜け落ちていた。


(お題 何でもないフリ)

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