うに

Open App

期末テストの返却も終わった。来週から夏休みが始まる。でも俺は憂鬱だった。平均点をギリギリ越えた程度の試験結果、こんなものを親に見せたら、また怒涛の説教が始まるのだろう。
こんな成績でどうするの、大学は最低でもMARCH以上じゃないとお金出しませんからね、ああやっぱり1年生のときから塾に行かせておけばよかったのよ、……
このままじゃまずい、というのは自分でもわかっている。でもなんとなく、本気になれないのだ。勉強も、他のことも。
多分、何をしても拭えない閉塞感のせいだ。何をどれだけ努力しても、見えない壁が、見えない天井が、俺の行く手を阻む、そんなことを繰り返して、俺は諦めることを覚えた。
大学だって、受からなければそれはそれでいい。どうせ、大卒でも高卒でも、社会の歯車になる期間が数年違うだけのことだ。
不意に背中に衝撃を感じた。振り返ると淳弥がいた。どうやら背中を叩かれたらしい。
「暗い顔してどうした? そんなに結果悪かったのか?」
淳弥は学年で五本の指に入るほど成績がいい。正直に答えるのは癪だったので
「お前よりはな」
と答えてやった。嘘はついていない。
「そりゃ、俺と比べるのが間違いだ」
淳弥は悪怯れもせずに言う。……こういうところが、女子からするとたまらなく魅力的らしい。理解に苦しむ。女子だけじゃなく、男子にも淳弥は人気者だ。人当たりの良さとコミュ強、ちょっとのヤンチャ。教師共の信頼も厚い。でも俺は淳弥が苦手だった。それは、小学生の頃の、忘れられない出来事。

当時、俺のクラスでは文鳥を飼っていた。ピーちゃんと名付けられたその文鳥はクラスのアイドルで、休みの日には誰が家に持ち帰って世話をするのか、いつも争奪戦になった。
淳弥は6年生の三学期に俺のクラスに転入してきた。持ち前の性格か、すぐにクラスに馴染んだ淳弥は、早速ピーちゃんを家に連れ帰る権利を得た。
金曜日、一旦友達と帰りかけた俺は、忘れ物に気づき教室に戻った。その時、見てしまった。淳弥が、鳥かごを開いて、そこに手を突っ込んで、ピーちゃんを握りつぶしていた。
俺は、見てはいけないものを見てしまったことに動揺して、走って帰った。
月曜日、空の鳥かごを持って登校した淳弥は、自分の不注意でピーちゃんを逃がしてしまったと担任とクラスのみんなの前で涙を流した。人気者の淳弥を責める人はおらず、卒業までの2ヶ月間、空になった鳥かごだけが淋しくクラスの後ろに置かれていた。
俺は真相を知っている。でもそれは、誰にも言ってはならないことだと口を噤んだ。このことはしばらく夢に見た。冬なのに汗をかいて飛び起きた。夢の中で淳弥は俺に気づいていた。気づいて、笑っていた。

「こんな成績じゃ、オカンがまたうるさいだろうなってさ」
ため息とともに愚痴る。成績の悩みは淳弥には無縁だろう。
「大変だな」
「他人事かよ」
「実際他人事だし」
「そりゃそうだけど」
「……文句言われるから帰りたくないのか?」
気がつくと、クラスメイトはもうみんな帰ってしまったらしく、俺は淳弥と二人きりになっていた。
「うーん、まあ、憂鬱ではあるよな」
「そういうの、窮屈じゃない?」
珍しく真面目な顔で淳弥が聞いてくる。
「そうだな……ずっと何かさ、気持ちが箱か何かに閉じ込められているような気がする」
俺もつられて真面目な顔になる。
「閉塞感っていうかさ、どの道を選んでも、行き着く先はどうせ一緒なんだろうな、とか思うと、なんか気力がわかないっていうか」
「ふぅん……その箱から出たいとは、思ったことはない?」
「あるよ」俺は即答した。
「あるに決まってる。でも……」
出る方法がわからない。わかるなら、とっくにそうしている。
「じゃあさ、……俺が出してやろうか」
俺は思わず笑った。
「そんなことできるなら、お願いしたいね」
淳弥は笑わなかった。代わりに、右手を、伸ばして、俺の首を、





(お題:鳥かご)

7/26/2024, 4:42:58 AM