うに

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11/24/2023, 9:00:51 PM

動物病院から子猫が帰ってきた。二日前に駆が拾ったものだ。検査などのため一晩入院させたが、特に問題はなく、晴れて駆のもとに戻されたと言う訳だ。風呂に入れてやれという獣医のアドバイスに従い洗われた子猫は毛も乾かされて毛糸玉のようになった。
「ふふっ、ふわふわだね」
駆は子猫に構いっぱなしである。それほど動物好きだったのは意外だ。
「名前は何にしようか」
駆が問う、目を子猫に向けたまま。俺が無視されているようで、正直面白くない。
「飼うのか」
「え、飼っちゃだめ?」
「駄目とは言わんが」
ここのアパートはペット不可ではない。駆にも俺にも動物アレルギーなどはなく、収入面にも余裕はある。駄目だという理由はなかった。
「七実はねこ嫌い?」
「嫌いではないが苦手かな。どう扱っていいか解らん」
「それなら、慣れていけばいいだけだよ。ほら、抱いてみて」
子猫が渡された。力加減がわからず戸惑っていると、子猫はにぃにぃと鳴きながら俺のセーターに爪を立て、よじ登り始めた。
「はは、すっかり懐かれてる」
「そうか? 本当にそう見えるのか?」
子猫は首元まで上がってきた。引っ剥がして太股の上に乗せ直すと、再び腹に手を掛けてセーターを登っていく。
「うーん、懐かれたのは七実じゃなくて、七実のセーターかな?」
憎らしい事をいう。
「……三日月」
「え」
「こいつの名前」
「考えてくれたの?」
「イマイチか?」
「いや、悪くないよ。ありがとう七実」
猫を見守る駆の口角が上がっているのを見て、『ふしぎの国のアリス』に出てくるチェシャ猫を思い出したのだ。三日月のように笑う猫。
「おまえは今日から三日月だぞー」
子供のように笑う駆を見ながら、やっぱり俺は正直面白くなかった。

(お題 セーター)

11/22/2023, 6:24:20 PM

いつものように、何をするでもなくテレビを点けてぼんやりとしていた。テレビは夕方のニュースの時間帯で、アナウンサーが訥々と今日の出来事を語る。
駆は隣でスマホを弄っている。テレビの音量に文句を言わないから、作業ゲーでもしているのだろう。
『本日、LGBTに関する大規模デモが国会前でありました……』
ニュースが切り替わる。同性婚を法的に認めろというデモ行進が行われたという内容だった。
「そこまでして結婚したいもんかね」
スマホから目は離さないまま、駆が呟いた。
「俺は結婚とか、面倒くさいだけだと思うけど」
うんざりした様子の駆は、なにか思い出しているようだった。おそらくは、両親に言われ育った「長男のお前は結婚して家業を継げ」という言葉を。それが窮屈で家を出た駆にとって、思い出しただけで苦い顔になるのは実家絡みのことばかりだ。
「まあ、したい人にとっては法律を曲げてでもしたいことなんじゃないか」
「え、七実は結婚したいの」
「したい人は、って言ったろ。俺自身のことじゃない」
対する俺はといえば、両親からは完全に無関心のネグレクトを喰らったせいで、所謂あたたかい家庭のイメージを持てないでいる。
『本日11月22日はいい夫婦の日です。街で夫婦円満の秘訣をインタビューしてきました……』
ニュースがまた別のトピックに変わる。結婚が認められずにデモをした話の後にいい夫婦とは、なかなか無神経な番組構成だ。
「いい夫婦、か」
駆がまたニュースに反応した。
「七実と俺は、いい夫婦になれるような気はするけど」
噎せそうになる。
「なんだそれ、バッテリー的なことか」
「うーん、まあ、そういう意味で捉えてもいいけど」
駆が顔を上げる。笑顔だった。
「基本似てるし、それでいて補完しあえるところも多い。いいコンビじゃない?」
「まあ、否定はしないが」
俺は仏頂面になる。
「わざわざ夫婦とか言って俺の反応で遊ぶな」
「バレたか」
全く、こいつが明らかな笑顔の時は碌なことじゃない。
軽く髪を掻いて、おれはテレビを消した。

(お題 夫婦)

11/15/2023, 6:58:21 PM

駆と二人で歩いていると、道端に蹲る子猫を見つけた。
「ねこだ」
駆が跪いて抱き上げると、子猫は弱々しくミャーミャー鳴いた。
「どうするの、それ」
「さあ……握り潰してみる?」
物騒なことを言う。子猫はそんな危険な状態にあるとも知らず、駆の親指をちゅぱちゅぱ吸っている。
「しないでしょ」
「なんで」
「する意味がない」
「そうかな」
駆は子猫を撫でながら息を吐く。
「この子を殺す必要はないけど、助けるつもりもない。でもこのままここに置いていったら、昼過ぎには鴉あたりのおやつになっているだろうよ」
だから、と駆は続けた。
「その前に、苦しまないように逝かせてやるのは、慈悲じゃないか?」
子猫はぐるぐると喉を鳴らしている。ピンと伸びた尻尾が併せて小刻みに震える。
「さてね。そういう慈悲もあるかもだけど」
敢えて素っ気なく返すと、駆はつまらなそうな顔をした。
「もう少し焦ってくれるかと思ったのに」
「やるつもりのないことは言わないほうがいい……ほら、そこに動物病院があるみたいだよ」
電柱に巻きつけられた看板を示す。
「連れて行きますか……七実、幾ら持ってる?」
「2万」
「俺は1万ちょっと。足りるかな」
「わからん」
動物など飼ったこともないから、相場がわからない。とはいえ、足りなければその時はその時で、カードを使うなりATMで下ろしてくるなりすればいいだけのことだ。
「行くぞ」
そう言いながら、少し意外だった。握り潰す云々は質の悪い冗談にしても、捨てられた命を救うようなタイプでは無いと思っていた。今、どんな顔で駆を見ているのかが解らない。だから足早に歩き出した。
「その猫、診てもらって、その後どうする」
「どうするかな……俺達が飼うわけには行かないだろうから、実家にでも送るか」
「無責任な話だ」
「じゃ、飼う?」
「冗談」
「その時になったら考えよう」
如何にも刹那主義の駆らしい回答が返ってきた。
「そうだな」
その、らしさに安堵する。角を曲がると、動物病院の看板が見えた。

(お題 子猫)