動物病院から子猫が帰ってきた。二日前に駆が拾ったものだ。検査などのため一晩入院させたが、特に問題はなく、晴れて駆のもとに戻されたと言う訳だ。風呂に入れてやれという獣医のアドバイスに従い洗われた子猫は毛も乾かされて毛糸玉のようになった。
「ふふっ、ふわふわだね」
駆は子猫に構いっぱなしである。それほど動物好きだったのは意外だ。
「名前は何にしようか」
駆が問う、目を子猫に向けたまま。俺が無視されているようで、正直面白くない。
「飼うのか」
「え、飼っちゃだめ?」
「駄目とは言わんが」
ここのアパートはペット不可ではない。駆にも俺にも動物アレルギーなどはなく、収入面にも余裕はある。駄目だという理由はなかった。
「七実はねこ嫌い?」
「嫌いではないが苦手かな。どう扱っていいか解らん」
「それなら、慣れていけばいいだけだよ。ほら、抱いてみて」
子猫が渡された。力加減がわからず戸惑っていると、子猫はにぃにぃと鳴きながら俺のセーターに爪を立て、よじ登り始めた。
「はは、すっかり懐かれてる」
「そうか? 本当にそう見えるのか?」
子猫は首元まで上がってきた。引っ剥がして太股の上に乗せ直すと、再び腹に手を掛けてセーターを登っていく。
「うーん、懐かれたのは七実じゃなくて、七実のセーターかな?」
憎らしい事をいう。
「……三日月」
「え」
「こいつの名前」
「考えてくれたの?」
「イマイチか?」
「いや、悪くないよ。ありがとう七実」
猫を見守る駆の口角が上がっているのを見て、『ふしぎの国のアリス』に出てくるチェシャ猫を思い出したのだ。三日月のように笑う猫。
「おまえは今日から三日月だぞー」
子供のように笑う駆を見ながら、やっぱり俺は正直面白くなかった。
(お題 セーター)
11/24/2023, 9:00:51 PM