しらぬい

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1/23/2026, 10:30:44 PM

『こんな夢を見た』

寒い冬の朝。歩く度に巻いてるマフラーから彼女の真っ赤な鼻が見え隠れしている。

朝起きたての彼女から「肉まん食べたい」というオファー?を受けた俺は家から15分のコンビニに彼女と一緒に向かっていた。

近道である公園を通り抜けると町を一望できる長い階段が現れた。数歩先を歩いていた彼女が突然振り返り無言で手を差し出してきた。マフラーから少し見える彼女の頬は少し赤らんでいる。

俺は黙ってその手をぎゅっと握った。冷たくて暖かい彼女の手。

ふふっと笑うと、彼女は眉を少しだけひそめてぷいっとそっぽを向いてしまった。でも握る手を離さないそんな彼女にまた笑みがこぼれた。

─────

俺の腕の中にいる彼女は今にも息絶えそうにしていた。背中から溢れる赤い血がタイル張りの床に流れていく。

「な、なんでこんな事に…」

それは一瞬の出来事だった。

駅のホームで彼女と一緒に電車を待っていた。電車が到着してドアが開く寸前隣にいる彼女から「ゔっ」という声が聞こえた。振り返ると彼女は驚いた顔をして立ち止まっていた。心配して近づくと彼女の白いコートの背中部分に赤いシミが滲んでいた。倒れ込む彼女を慌てて受け止める俺に目もくれず黒いフードを被った男が電車に乗っていきドアが閉まる瞬間乗客であろう女性の悲鳴が聞こえた。

みるみるうちに彼女の顔色が悪くなっていく。

「今救急車呼びましたから!」

駅員の言葉に俺は安心などできなかった。

床に広がっていく血。あんなに荒かった息が静かになっていく。最悪な考えがよぎって何も言葉が出ないそんな俺に彼女が手を伸ばす。その手に気づいた俺は強く握った。

今にも瞼が閉じそうな目で俺を見つめる彼女。

「ご…めん…ね…」

そう言って彼女の目が閉じて彼女の身体が脱力したのが分かった。

心臓がバクバク音を立てる。喉がぎゅっと締まり徐々に視界の際が黒くなっていき瞬きを一度したら目の前が真っ暗になった。

────

声にもならない声を上げながら飛び起きた俺は周りを見渡す。いつもの寝室に隣には彼女の枕がある。

「夢…?」

額にかいた寝汗とは思えない程の汗を手で拭っていると寝室の扉が開いた。

「大きな声出してどうしたの?」

寝ぐせをつけた彼女がそこにいた。慌てて彼女を抱き寄せる。

「急になによ?!」

怪訝そうな言葉とは裏腹に拒むことをしないいつも通りの彼女にあれは夢だったのだと確信した俺は心底安堵した。










さあどれが夢だったでしょう?

7/5/2025, 11:36:12 PM

曇天の下、とても綺麗とはほど遠い濁った波が打ち寄せる。

流木の残骸や海藻が転がる砂浜で息子の優人がしゃがみ込んで必死に何かを探している。

きっとガラスの破片だ。波にのって砂や石にぶつかり角がとれて丸くなったもの。私も小さい頃は一生懸命集めてた。

私と優人は週末になるとこの海によく遊びに来ていた。それは私と夫である彼との思い出の場所だからだ。

彼は一昨年の年末に胃がんで亡くなった。32歳だった。この冬を乗り越えれば優人のランドセル姿を見せられる、そんな時期だった。

「優人のことよろしくね⋯」

息も絶え絶えにそう言った彼は力無げに微笑んで息を引き取った。その姿は2年経った今でもはっきり思い出せる。

彼と出会ったのは高校生の頃。彼が制服の下に着てたバンドTが私の好きなバンドだったことがきっかけで意気投合して付き合った。

デートで好きなバンドのライブや遊園地に動物園、色んな所に行ったが一番思い出に残ってるのはこの海。ただ近くにあった海岸だし特段綺麗じゃないけど、ここで二人で一緒にいる時間がとても好きだった。

「ほら波の音が聞こえるでしょ?」

そう言って貝殻を私の耳に当てる彼。ザーザーと確かに波音に聞こえなくはない音に私は戸惑ったが無邪気に笑いかける彼を見て私の戸惑いは一瞬で吹き飛んだ。

「うん。そうだね」

ずっと続くと思ってた。この波のようにずっと…。

「…さん、お母さん!」

優人の声でふと我に返る。何かを持ってそばに寄ってきた優人。ガラスの破片でも見つけたのかなと思った私は優人の背に合わせてしゃがみ込んだ。すると優人はおもむろに何かを握った手を私の耳に当てた。

「海の音が聞こえるでしょ?」

そう言って無邪気に笑いかける優人。耳に広がる波音に聞こえなくはない音。彼と同じことをする優人に涙がこみ上げてきたがぐっと堪えた私は優しく微笑んだ。

「うん。そうだね」



『波音に耳を澄ませて』

7/3/2025, 2:50:15 AM

小さい頃よく通っていた100円ショップで缶かんのドロップスをよく買ってもらっていた。缶かんの穴から飛び出てくる宝石にいつも目を輝かせていた。でもチョコ味とはっか味が嫌いでどっちかが出たらお母さんにあげていた。そして今調べたらチョコ味がもう販売終了していた。切ない⋯。

『クリスタル』

6/27/2025, 12:54:07 AM

金属製の椅子にもたれかかる意識のない彼。手をそっと握ると思いのほか温かった。

彼は償いきれない罪を犯した。それは放火と殺人。自分の両親と妹が住むアパートに火をつけたのだ。しかもアパートには他の住人がいて逃げ遅れてしまった当時7歳の男の子も巻き込まれてしまった。命に別状はなかったものの火事の際に負った怪我のせいで下半身不随になってしまった。

後に開かれた裁判で彼はこう話した。

「両親は教育熱心でテストで前回の点より1点でも低かったら殴られたり蹴られたりとにかく苦しかった」

なぜ妹さんまで巻き込んだのかと問われて

「妹は勉強もスポーツも俺より優れてて両親から大切にされてました。だから必然的に妹は家族のヒエラルキーの一番上で俺は一番下。ずっと馬鹿にされ続けてた」

被告の家族だけでなく全く関係のない7歳の男の子に怪我を負わせてしまったことについてはと問われると

「申し訳ありませんでした…あの時は頭が真っ白で何も考えられなくて⋯本当にごめんなさいっ…」

そう言って涙ながらに謝罪の言葉を何度も口にした彼。

ニュースでは教育虐待による悲惨な事件として騒がれ彼へ同情的な声が集まった。

判決は懲役20年、検察が求刑していたものより大幅に減刑されたものだった。



古びた工場、刷られたばかりの新聞紙がせっせと畳まれていく。懲役満了で出所した彼は行くあてもな日雇いバイトで食い繋いでいた。そんな時今の印刷会社の社長に拾われここで働き始めた。

機械の熱なのか蒸し暑い工場内、彼の額に汗が滲む。拭うと黒いインクがついてしまったが彼は気にせず目の前の仕事に集中していた。その目はいきいきと輝いていた。



背後から何者かにスタンガンで気絶させられた彼は港近くの倉庫内に運ばれて椅子に座らされた。椅子の足と彼の足をロープで結ばれている最中でも私は彼の手を握り続けた。少しカサつくその手にはインク汚れなのか黒ずんでいた。

彼と私は小学校の時からの幼なじみ。道端でおばあちゃんが困っていたらすぐに駆け寄って話しかけるそんな優しい彼に子供ながらに私は惹かれて中学にあがった頃どちらから言うでもなく手を繋いだ。今でもあの時の胸の高鳴りは覚えてる。

彼がその時抱えていたものを知ったのは裁判の時でその時知り合ったのが被害にあった7歳の男の子のご両親だった。

サッカー選手になるのが夢だった男の子は身勝手で理不尽な理由で夢だけじゃなく歩くことも出来なくなり塞ぎ込んでしまっていた。

大幅に減刑された懲役20年は男の子の母親にとってはとても残酷なものだった。傍聴席で泣き叫ぶあの姿は見てて辛かった。

数年後、男の子の父親から電話が来た。奥さんと息子が海に身を投げて死んだ。憎しみがこもるその声に私はなんて自分は愚かなんだと気付いた。

裁判所で大幅に減刑された懲役を聞かされた時私は内心ほっとしてしまっていたのだ、良かったと。でも全然良くない。

被害にあった男の子やそのご両親に一生消えない傷を負わせた彼を許してはいけない。

握っていた手を離すと男の子の父親は彼の手を後ろ手に縛った。

「何か言い残すことはないか?」

憎しみと悲しみが混在した目で私を見つめる父親。私はおもむろにしゃがんで彼と目線を合わせた。もちろん彼の目は開くことはない。

「好きだよ」



『最後の声』

6/24/2025, 9:06:09 PM

錆びついた扉を叩き続けて握り拳に血が滲む。

助けを呼ぶ声も出なくなって私は力無くベタつく地面にへたりこんだ。

このまま誰にも発見されずに死んでいくのかと思うと呼吸もままならなくなる。

どうしてこんなことに⋯何度考えても答えは見つからなかった。

身体中の水分が抜け落ちた頃、頑として開かなかった扉が異音をたてながら開いた。

「大丈夫ですか!?」

この異質な状況に戸惑いながらも彼女は駆け寄ってきてくれた。

助かった⋯頬を伝っていく枯れていたはずの涙。

私は最後の力を振り絞って立ち上がり開かれた扉へと向かった。

「⋯と思った?」

背後から聞こえた彼女の声だが体力が限界に近いからか聞き取れなかった。ここから出られる⋯あともうすぐで届く希望の光に無我夢中で手を伸ばした直後、後頭部に衝撃が走った。

後ろを振り向くと血相を変えた彼女。手にはハンマー。血がぽたぽたと地面に落ちていた。

理解が追いつかない私は必死に走った。頭から流れる血が顔面を通ろうともガラスか石の破片が足の裏を突き刺そうとも必死に走った。

体力がない上に大量の出血のせいでか足がもつれた私は朦朧とした意識の中で咄嗟に受け身をとる事もできず顔から地面に突撃してしまった。

すぐに立たなきゃ⋯そう思っても身体が言う事をきかない。

背後から足音が聞こえてすぐそばに近寄ってきた。どうすればと考える間もなく腹に蹴りが入り仰向けにされた。

「あんたのせいなんだからな」

憎しみに満ちた表情の彼女の奥には空が見えた。空ってこんなに赤かったっけ。



『空はこんなにも』

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