金属製の椅子にもたれかかる意識のない彼。手をそっと握ると思いのほか温かった。
彼は償いきれない罪を犯した。それは放火と殺人。自分の両親と妹が住むアパートに火をつけたのだ。しかもアパートには他の住人がいて逃げ遅れてしまった当時7歳の男の子も巻き込まれてしまった。命に別状はなかったものの火事の際に負った怪我のせいで下半身不随になってしまった。
後に開かれた裁判で彼はこう話した。
「両親は教育熱心でテストで前回の点より1点でも低かったら殴られたり蹴られたりとにかく苦しかった」
なぜ妹さんまで巻き込んだのかと問われて
「妹は勉強もスポーツも俺より優れてて両親から大切にされてました。だから必然的に妹は家族のヒエラルキーの一番上で俺は一番下。ずっと馬鹿にされ続けてた」
被告の家族だけでなく全く関係のない7歳の男の子に怪我を負わせてしまったことについてはと問われると
「申し訳ありませんでした…あの時は頭が真っ白で何も考えられなくて⋯本当にごめんなさいっ…」
そう言って涙ながらに謝罪の言葉を何度も口にした彼。
ニュースでは教育虐待による悲惨な事件として騒がれ彼へ同情的な声が集まった。
判決は懲役20年、検察が求刑していたものより大幅に減刑されたものだった。
古びた工場、刷られたばかりの新聞紙がせっせと畳まれていく。懲役満了で出所した彼は行くあてもな日雇いバイトで食い繋いでいた。そんな時今の印刷会社の社長に拾われここで働き始めた。
機械の熱なのか蒸し暑い工場内、彼の額に汗が滲む。拭うと黒いインクがついてしまったが彼は気にせず目の前の仕事に集中していた。その目はいきいきと輝いていた。
背後から何者かにスタンガンで気絶させられた彼は港近くの倉庫内に運ばれて椅子に座らされた。椅子の足と彼の足をロープで結ばれている最中でも私は彼の手を握り続けた。少しカサつくその手にはインク汚れなのか黒ずんでいた。
彼と私は小学校の時からの幼なじみ。道端でおばあちゃんが困っていたらすぐに駆け寄って話しかけるそんな優しい彼に子供ながらに私は惹かれて中学にあがった頃どちらから言うでもなく手を繋いだ。今でもあの時の胸の高鳴りは覚えてる。
彼がその時抱えていたものを知ったのは裁判の時でその時知り合ったのが被害にあった7歳の男の子のご両親だった。
サッカー選手になるのが夢だった男の子は身勝手で理不尽な理由で夢だけじゃなく歩くことも出来なくなり塞ぎ込んでしまっていた。
大幅に減刑された懲役20年は男の子の母親にとってはとても残酷なものだった。傍聴席で泣き叫ぶあの姿は見てて辛かった。
数年後、男の子の父親から電話が来た。奥さんと息子が海に身を投げて死んだ。憎しみがこもるその声に私はなんて自分は愚かなんだと気付いた。
裁判所で大幅に減刑された懲役を聞かされた時私は内心ほっとしてしまっていたのだ、良かったと。でも全然良くない。
被害にあった男の子やそのご両親に一生消えない傷を負わせた彼を許してはいけない。
握っていた手を離すと男の子の父親は彼の手を後ろ手に縛った。
「何か言い残すことはないか?」
憎しみと悲しみが混在した目で私を見つめる父親。私はおもむろにしゃがんで彼と目線を合わせた。もちろん彼の目は開くことはない。
「好きだよ」
『最後の声』
6/27/2025, 12:54:07 AM