曇天の下、とても綺麗とはほど遠い濁った波が打ち寄せる。
流木の残骸や海藻が転がる砂浜で息子の優人がしゃがみ込んで必死に何かを探している。
きっとガラスの破片だ。波にのって砂や石にぶつかり角がとれて丸くなったもの。私も小さい頃は一生懸命集めてた。
私と優人は週末になるとこの海によく遊びに来ていた。それは私と夫である彼との思い出の場所だからだ。
彼は一昨年の年末に胃がんで亡くなった。32歳だった。この冬を乗り越えれば優人のランドセル姿を見せられる、そんな時期だった。
「優人のことよろしくね⋯」
息も絶え絶えにそう言った彼は力無げに微笑んで息を引き取った。その姿は2年経った今でもはっきり思い出せる。
彼と出会ったのは高校生の頃。彼が制服の下に着てたバンドTが私の好きなバンドだったことがきっかけで意気投合して付き合った。
デートで好きなバンドのライブや遊園地に動物園、色んな所に行ったが一番思い出に残ってるのはこの海。ただ近くにあった海岸だし特段綺麗じゃないけど、ここで二人で一緒にいる時間がとても好きだった。
「ほら波の音が聞こえるでしょ?」
そう言って貝殻を私の耳に当てる彼。ザーザーと確かに波音に聞こえなくはない音に私は戸惑ったが無邪気に笑いかける彼を見て私の戸惑いは一瞬で吹き飛んだ。
「うん。そうだね」
ずっと続くと思ってた。この波のようにずっと…。
「…さん、お母さん!」
優人の声でふと我に返る。何かを持ってそばに寄ってきた優人。ガラスの破片でも見つけたのかなと思った私は優人の背に合わせてしゃがみ込んだ。すると優人はおもむろに何かを握った手を私の耳に当てた。
「海の音が聞こえるでしょ?」
そう言って無邪気に笑いかける優人。耳に広がる波音に聞こえなくはない音。彼と同じことをする優人に涙がこみ上げてきたがぐっと堪えた私は優しく微笑んだ。
「うん。そうだね」
『波音に耳を澄ませて』
7/5/2025, 11:36:12 PM