「ハル、あした授業終わったら水族館行こうぜ!」
昨日、同じ大学に通う幼なじみのミナトが声をかけてきた。
「は?なんで?」
「だってせっかくのエイプリルフールじゃん」
「せっかくのエイプリルフールって…
相変わらず訳わかんねーな、ミナトは」
とか言いつつ、内心嬉しい私。
で、本日、悩んだ末にお気に入りのワンピースなんか着て来ちゃったりして。
正直、授業なんか頭に入らなかったよ。
今、水族館にて2人で海月を見ているけど、私が見てるのは水槽のガラスに映ったミナト。
やっぱカッコよくなったよなぁ。
ユラユラ浮かぶ淡いピンクの海月たち。
その瞬間、ガラスに映ったミナトと目が合った。
「エイプリルフールだから言うけどさ、俺、ハルが嫌いなんだ」
「なんだよそれ!また訳わかんね…」
って……えっ!!?
訳、分かっちゃった…!
か、顔見れない!!
「あ、あたしだって……ミナトのことなんか、昔から大嫌いだし」
震える声で嘘の告白。
水槽の中はいつの間にかハート形に連なった海月たち。
そのハートを背景にして水槽のガラスに映っているのは、照れながら小指だけを繋いだ、恋人になったばかりの2人。
「どうか子供を授かりますように」
一人、神社で神様に手を合わせる。
病院にも通い、手は尽くしてきた。
あとはもう神様に縋るしかない。
4月に入り、だいぶ春めいてきたがまだ少し肌寒い。
本殿にはやわらかい日の光が差し込んで、塞ぎ込んでいた気持ちも和らぐ。
お昼時の空には、明るい雲がふわふわと浮かんでいる。
「ママ、おなかすいたぁ」
突然の子供の声に振り向くと、若いお母さんと小さな女の子。
「あ、すみません!こら、お参りの邪魔しないの」
お母さんが慌てて言った。
「いいんですよ、お嬢ちゃん、いくつなの?」
3本指を出して、「さんさい」と恥ずかしそうに答える。
3歳かぁとその子を見ていたら、突如、私の脳裏にその小さい女の子が小学生になり、少女から若者に、大人の女性に、成熟し、そして老年期へとその子がたどるであろう姿が浮かんだ。
小さな子供連れを見ると、いつもは羨ましさでいっぱいになってしまうのだが、今日はまったく違う感情が湧き上がっていた。
「お嬢ちゃん、幸せに、なるんだよ」
いつの間にか涙目になってそう言う私に、「ありがとうございます」と恐縮しながらも嬉しそうな笑顔を残して帰っていったお母さんと手を振る女の子。
私は再び神社の神様に向き直り、
「ありがとうございました」と深々と頭を下げた。
ふわりふわり、境内に咲く桜の花びらが静かに私の上に舞い降りる。
よく目が合うコがいる。
水色で抱き枕のように細長くて、でも結構でっかい。
手足はヒモみたいにヒョロっとしてるけど、大きい目はギョロっと見開いてる。
なんだかよく目が合って、
そのギョロっとした目で見つめられると、ちょっとドギマギしてしまう。
口もとはニンマリしているせいか、立派な2本の口ひげのせいか、
ある時は優しく見守ってくれているような、
ある時は呆れられているような気になったり。
一年前、ふと立ち寄ったナチュラルな風合いの雑貨屋さんで、
ふかふかのソファに座ってた彼。
余裕な顔で客の出入りを観察しているような、
まるで自分もいっぱしの店員かのようなたたずまい。
その存在感に
「あのぅ、この棚の上の商品、見てもよろしいでしょうか?」
とか冗談で尋ねてみたくなったものだ。
それで結局連れて帰ってきてしまった龍のぬいぐるみ。
うちに置いてもやっぱり存在感は強くて、今でも時々視線を感じる。
どっしりした胴体の割には細くて短い手を握るとキュンとするので時々握ってる。
かわいいのだ。
今日も部屋の片隅にて目が合ったので、
「なーに?なんか言いたいことあるの?」
と聞いたら、ご自慢の口ひげを揺らしながら相変わらずニンマリしてた。
早朝、雑木林で白い鳩がクルクル言いながら何かついばんでいるのを、ぼんやり見てた。
いつも2羽でいる。つがいなのかな?
私もあの人と結婚したい。
なのにお母さんはお見合い話ばかり持ってくる。
彼の学歴が気に入らないって、どこまで自分の理想を押し付けるの?
もうお母さんにはついていけないよ。
私の気持ちのメモリはもう空きがなくなってきてる。
鳩が1羽飛び立ち、追って白い鳩もそれに続く。
翼が朝日を浴びてまたたく光となる。
今、まさに、心の迷路にはまり右往左往取り乱している状態だ。
もがいて泣き疲れ、不安と恐怖に押し潰されそうでもう一歩も動けない。
**
今朝は薄暗くて寒い。
さっき見た夢の余韻が残っている。
こんな夢だった。
のんびりとした知らない街、個性的な女性たち。
ゆったりした地元のカフェのようなところで気ままに集い、行きたい人だけで連れ立ってどこかへ行くようだ。
私も参加する流れでついていく。
そのどこかは結局分からなかった。
でも空を飛ぶようにバスに乗り、自由に外に出て休憩し、好きな店に入り、誰とでも気の向くままに話していた。
そしてまた皆でフラッとバスに乗り、知らない道を走っているような飛んでいるような。
途中、木の温もりを感じるロッジの室内で、1人のおしゃれな雰囲気をまとった女性とお茶を飲みながらお喋りをしていた。
ふと彼女は私を見て唐突に言った。
「こうしたらどうかしら?ちょっといい?」
と私がしていた黒いヘアバンドをさっと取って、長い髪を2つに結い上げカーラーで巻き、次の瞬間パッと毛先がくるくる腰まで流れ落ちた。
一瞬の出来事。
その瞬間に目が覚めた。
残っているのは、髪がくるんと流れ落ちた感覚。
一瞬で変身したような感覚。
私を見てくれた人の眼差しと、髪を巻いてくれた細くて白い指先。
あのバスに乗って、もしかしたら、少しはこの入り組んだ道の出口に近づいたのだろうか?
立ち上がり、また歩き出してドアを見つけられるのだろうか。
とりあえず顔を洗って、髪を結い上げ毛先をくるんと巻いてみよう。
そうやって、今日は一日を始めてみよう。