殴られた。
目から星が飛び出た。
僕の油断は星になった。
「ほら、のびてないで、次のラウンドいくよー」
スパルタのコーチの声が聞こえて、飛び出た星を探す間もなく、次の試合のゴングが聞こえた。
/12/14『星になる』
遠くで鐘の音が聞こえる。
夕方に3つは家の中に入る合図。
早く隠れないと、赤い服の男に攫われてしまうよ。
サンタが来れないこの村には、昔からそんな言い伝えがあった。
幸福がやってくるはずの彼がそんな言われ方をし始めたのは、一体いつからだったろろうか。
昔々、プレゼントも買えないほど貧乏な村の言い伝え。
/12/13『遠い鐘の音』
「このアプリ、スノーっていうの」
「なぜ雪なの?」
「見たくないものを覆い隠せるからじゃない?」
「隠しちゃ意味なくない?」
「隠したいところと隠したくないところがあるんだよ。複雑なオトメゴコロなの」
/12/12『スノー』
「はー、今日も寒いわね」
手袋をする前に両手に息をかける。
これだけで温まるとは思えないが、しないよりマシだ。
厚手の手袋に手を入れて、しっかりとほうきの柄を握る。
「よし、行ってくるね」
気合を入れてほうきにまたがった。
玄関先に私を見送りに来てくれていた飼い猫の頭を撫でて、口の中で詠唱をした。
ふわり、と足元が浮かぶ。
「今日は3件だけだから、昼には戻ってこれると思うよ。行ってきます」
飼い猫がにゃあと返事をした。
浮いた足で地面を蹴るように空を撫でると、ほうきは私の意思のまま飛んでいく。
私は魔女の配達人。
早朝や午前中に荷物を受け取りたい人のために始めた宅配サービスはそこそこ好調だ。
「さあ、今日もがんばるぞ」
雲のない星のきれいな夜空を駆けて、まずは荷物の受け取りに向かった。
12/11『夜空を越えて』
アルバムを開くと、手書きのコメントメモともに数々の写真が並んでいた。
『3ヶ月。おくちがかわいい』
『1歳。お手て振り返してるところ』
『3歳。お菓子をお預けされてふてくされてる』
『5歳。保育園の前で』
それから小学校の入学式や中学校の卒業式。
数多の思い出が貼られている。写真のそばには必ずと言っていいほど、吹き出し形のメモやふせんが貼られていた。
「大事なものって、これのことだったの――」
病気で入院した母の、まだ話せた時に預かった『大事なもの』。
辿々しくなってしまった言葉で、「私の大事なものがあるから」と教えてもらった。実家の両親の寝室のタンスの引き出し、3段目。
そこには、アルバムや私たちきょうだいが幼い頃に使っていたものがしまってあった。
「こんなもの、捨ててしまっていいのに」
それは私が小学生の時に母に送った肩叩き券だった。
菓子缶の中に大事そうにしまってあった。
他にもミミズが這ったような字の幼い私たちからの手紙や、母の日に送ったプレゼントの包装に使われていたであろうリボンまで大切に取ってあった。
嬉しさと気恥ずかしさで、痺れのような感覚が腕を走った。胸の奥が熱くなる。
「あぁ……」
もっと会話をしておけばよかった。もっと感謝を伝えるべきだった。
言葉の代わりに涙が溢れていく。
いなくなってから知る、いた人の大切さ。
当たり前すぎる存在が有難さを薄れさせてしまっていた。いや、そんなのは言い訳にすぎない。
気恥ずかしさが先行していつも言えずにいた。
今言えてもしょうがないのに。けれど言わずにはいられなかった。
「おかあさん、ありがとう……」
抱いたアルバムの表紙は、母の好きな赤地に金色の縁取りで猫がデザインされていた。
12/10『ぬくもりの記憶』
あなたがいないだけで
わたしは温めてもらえる指先が迷子になるの
/12/9『凍える指先』
この先に進んだら、何かあるんだろうか。
何があるんだろうか。
僕たちはこの銀世界を進む。
明けるかも分からないこの冬を厳冬を。
来るかもわからない春を待ちながら。
ただあの人は言う。
「己のなすべきことをなしなさい」と。
「あなたがその剣を振るえば、世界は平和になるのですよ」と。
白い服を着たあなたが言う。
でもごめん。
僕は「仕事」を放棄するよ。
仕事しなくたって、平和になる方法はあるはずなんだ。
彼だけを犠牲にするなんてことは、僕は嫌だ。
だから、逃げてやる。
逃げて逃げて逃げ切ってやる。あの人の目の届かないところまで。
彼は誰にも奪わせない。
穏やかな幸せを君に捧ぐために、僕は君の手を取るよ。
さあ、鬼ごっこの始まりだ。
/12/8『雪原の先へ』
とあるゲームオマージュ。
彼を殺せば、世界は平和になるという。
白の鳥と黒の鳥のいる美しき終焉の世界。
「はぁ〜」
息を吐くといつの間にか白くなっていた。
「はー」
ため息が白い息となり、空気に散り消えていく。
(私の悩みもあんなふうに消えることができたらいいのに)
手袋で覆った口元で呟いた。
吐ききれなかった吐息は、今日も飲み込んだ。
/12/7『白い吐息』
一度灯ってしまった、この灯火は消えない。
どんなに吹き消そうとも消えてくれない。
吹き消すなんて、ウソ。
吹き消す形にした唇にあなたのキスが欲しい
ああ、どうしてこんなに消えてくれないのかしら。
あなたを好きになった気持ちの灯火が揺らめく。
/12/6『消えない灯り』