無人島に行くならば
あなたとさいごを迎えたい
/10/23『無人島に行くならば』
ピュウと冷たい風が吹いた。
つい先日まで太陽が「この地は我が物ぞ」と言わんばかりに主張していたのに、最近は穏やかに微笑んでいる。
街の並木も少しずつ色づいてきて、季節はすっかり秋模様。
「涼しくなるのはいいけどさ、朝晩の寒暖差はどうにかしてほしいよね」
「風邪引いちゃいそうだよね」
皆さま、どうぞご自愛を。
/10/22『秋風🍁』
私はエスパーだ。
いつもテストのヤマが外れたり、二択でハズレを選びがちな私だけれど。
この予感は、当たる気がする。
校舎裏で、私を呼び出した彼が恥ずかしそうに視線を合わせ逸らししている。
(これは告白だ!)
いくらモテない、鈍い、女っ気ない私でも、このシチュエーションはわかる。
(告白だ……!)
彼の緊張が伝わるかのように私も心拍数を高めながら、告白されるのを今か今かと待ち構えていた。
「あの――」
(きた!)
何分経っただろうか。彼がようやく口を開いた。
「あの、高見さん、言いたいことがあるんだけど――」
「な、なにかなっ?」
思わずどもってしまう。
「高見さん、ずっと迷ってたんだけど。今度、高見さんちのお店に行ってもいいかな!」
「はい!え――?」
告白よろしく勢いに任せて言い切った花野くんは、顔を真っ赤にしていた。その言葉はラーメン屋をしている「うちの店に来てもいいか」。
同じく告白がくると思って(『告白』には違いないが)勢いよく返事をした私は、思わず問い返していた。
「いいの!?やった!ありがとう!」
「え、え?どういうこと?」
「ぼく、ずっと君のとこの店が気になってたんだ。でも同級生が行くの嫌かなって気になって、なかなか行けなくて……。でも君の許しを得たから、これで堂々と行けるよ!ありがとう!」
「え?あ、うん。お待ちしてます」
真っ赤な顔をして嬉しそうに言った花野くんの勢いに飲まれた私は、店員モードで返事をするのがやっとだった。
「なに、よ……」
恋愛の告白だと思っていた自分が恥ずかしい。
いやそれより、告白だと思わせるような態度で尋ねる方も悪い。わざわざ校舎裏に呼び出して言うことがそれだったのかと甚だ疑問に残る。
「乙女の純情を返せ!」
ショートカット故に揺らめきもしない髪が私の叫びに震えた。
これで私の予感はまたハズれた。
/10/21『予感』
「ねぇ、『friend』の綴りってどうやって覚えた?」
「え?『フリエンド』?」
「あははっ、やっぱり?」
君もそう覚えてたんだね。
他にも親近感がわくこといっぱいだ。
だから、友達の『フリ』はもう『やめ』にして、
「これからは、恋人になりませんか?」
/10/20『friend』
大好きだった君の声が聞こえなくなった。
感情をあまり表に出さない君は、だけど歌声だけは雄弁に響き、僕の心を満たしていた。
そんな君の声が、突然聞こえなくなった。
あれだけ分かりにくかった君の表情が、見るも無惨に暗く落ち込んでいた。
何があったのかを聞いても首を横に振るだけ。
君は暗い顔のまま、日々を過ごしていた。
とある日。
僕が物売りの仕事を終え森を抜けて帰ってくると、聞き覚えのある声がした。君の声だ。メロディに乗っている。
(歌を歌っているんだ)
もう聞くことのないだろうと思っていた歌声。
それも楽しそうに響く歌声。
(ああ、こんなに楽しそうに)
久しぶりに聞いた君の声は、明るく春の訪れを表しているかのような音色だった。
/10/19『君が紡ぐ歌』
※微ホラーかもしれない。
ヘッドライトが目前を照らした。
山間部を走る我が車は、目の前を懸命に照らすも霧で何も見えない。
「濃いな……」
思わず口から漏れ出た。
のろのろ運転する気はないが、こうも濃霧だと速度もあまり出せない。
カーブの多い道を前方から来る車に注意しながら私は進んでいた。
しばらくすると、霧は晴れていないのに、辺りが明るくなった。対向車がいるのかと思ったが、光の具合からしてそういう風ではない。まるで光に包まれているかのようだ。
「ん?これは……」
警戒しながら進んでいると、霧は濃いまま、光だけ強くなった。
その内雲の中を進んでいるかのようになり、辺りが真っ白になった。
前がまったく見えないまま、私は何故かブレーキを踏むことをせずゆるゆると進んでいった。
(この先には何かが待っている)
どうしてだかわからないが、私には確信があった。
止まらず進んでいると、この先にいいことが待っている。それが私を待っている。確かな希望を持ってアクセルを踏んでいた。
真っ白な霧の中を進み、光が強くなったと思ったら――。
そこは山の入り口だった。
つい2時間ほど前までいた山の麓。
赤と青の帽子をかぶった子どもに見えない子どもの『飛び出し注意』の看板。緑地に赤色の文字で書かれた、あの独特な道路標識のようなボード。
「いったいなんだ?」
そして通行しようとする先にある立ち入り禁止の棒。
(さっきはまではなかったのに……)
背筋がゾッとした。
さっきまでは進もうとしていたのに、いまや進む気はまったくなかった。
それよりも。
(早く戻らなければ)
来ていた道を戻ることに精一杯だった。
指先は冷たいのに、額から汗が止まらない。
訳も分からぬままハンドルを握り、私は急いでUターンした。
峠越えをする予定だった道を迂回したため、随分遠回りで家路に着いた。
あの不思議な現象はなんだったのだろうかと思ったが、あの山の麓での寒気を思い出すと考えることさえ恐ろしくなり、私は思考を放棄した。
/10/18『光と霧の間で』
ガラガラと音がした。
それは砂時計の中からした。
普通、砂時計の音といえば、サラサラとかスルスルとかするものだが、それはガラガラと音を立てていた。
中に何が入っているのかと思えば、砂ではあった。
ただし、岩のような大きな砂粒。
砂が大きくなったのではない。
私が小さくなったのだ。
私は砂時計の枠に立って、自分の背丈ほどもある砂粒が落ちていくのを見守っている。
ガラガラと、まるで何かが崩れていくような音。
大きな砂粒が重なる音は、鈍く打ち合って酷く耳朶を歪ませた。
(ああ、私はどうしてこんなところに――)
アリスのように小さくなってしまった理由もわからない。
考えていると、いつの間にか私は砂時計の中に入っていた。
岩のような砂が頭上から降ってくる。
潰される。そう思った矢先、目を覚ました。
頭がガンガンと痛い。
割れるような痛みに思わずこめかみを押さえながら枕元を振り返った。
いつの間に置いたのか、そこに砂時計が鎮座していた。
砂時計は、今しがた砂が落ちきったかのように、さらりと一粒砂を落としていった。
/10/17『砂時計の音』
ある日、星図からとある星座が消えてしまった。
世間は騒然となり、その日は一日中その話題で持ちきりだった。
消えた星座はどこに行ったのか。
所変わって、ある村や町々。
その日、体のどこかに七つの点の痣がある赤ん坊が七人生まれた。
赤ん坊たちはそれぞれ七つの内のひとつの点が濃くその他より大きく、まるで何かの使命を表しているかのようだった。
その七人が冒険の旅に出て合流し、大冒険となるのは、また別の話。
/10/16『消えた星図』
「昔さ、『来いって言うから会いに来た』って、恋と愛の言葉遊びあったじゃん?」
「え?知らない」
真由美が伸びをしながら言う。
由実は真由美の言葉に首を傾げた。
「あったの。あれさ、逆だったらどうなんだろうね?」
「愛と恋?」
「そう。逆じゃなくてもいいか。さっきのだと、恋と愛を足し算する感じだったけど、愛から恋を引いてみたり」
「難しいこと言うね」
ビルの屋上で、突き放すように手すりから体を離しながら真由美は思考した。
「愛たいから恋焦がれる、とか?」
「引き算になってないじゃん」
「んー。難しい。愛から恋引いたら何になるんだろ?」
「何の話?愛から恋引いたのに残ったものって、愛でしょ」
由実が頭を悩ませる真由美に言った。
「え?」
さらりと答える由実に驚いた真由美が疑問符を返すと、由実は悩むことなく答えた。
「恋してる気持ちが無くなっても残ってるものって、愛情だよ。だから一緒にいるんでしょ?世の夫婦とか見てごらんよ」
「夫婦?」
「ぐちぐち言いながらも惰性と言う名の情で未だに一緒にいるものが、愛以外のなんだって言うの」
「由実、あなたそんな深い考え出来る人だったの……」
真由美が感心したように言うと、由実はカチンときたようだ。何か文句を言っていたが、真由美はそれには触れることなく、自身の思考の海に溺れていった。
/10/15『愛―恋=?』
何かをないことを『◯梨』という。
いわゆるネットスラングだ。
例えば、『子梨』なら『子供なし』の意だ。
「でもさ、それって梨に失礼じゃない?子梨なんて、小梅とか小桃みたいに可愛いものだと思ってた」
カフェで季節限定のアイスティーの氷をつつきながらカオリが言った。
「言わんとすることは分かるけどねえ」
肘をつき、カオリの言葉に苦笑を漏らす麻弥。
「しかもさ、梨好きな人にも失礼じゃない!?そんな侮蔑の言葉に大好きな梨を使われたくないよ!」
机を叩かんばかりの勢いで言ったカオリに、麻弥は吹き出さずにはいられなかった。
「あっはは。そうくるか。別に侮蔑の意味が全部ってわけじゃないよ。ネット上の情報として分かりやすく表現するためのものの時もあるし」
「そうなの?でもひどい!梨だって傷ついちゃう」
そう憤慨するカオリの元に、これまた季節限定の梨のデザートが運ばれてきた。
/10/14『梨』