月光。
月の光。
それは昔から人を狂わせるという。
僕の体質も、月光によって狂わされている。
僕の体は、満月の光を見ると毛むくじゃらになってしまう。
まるで何かの獣のように。
そして僕を見た人がみんな逃げていってしまうのだ。
毛むくじゃらになっている間は声も違っているようで、うまく話せない。
耳も良くなる。
少し外に出ただけで、家の中にいる村の人達の声まで聞こえてしまう。
僕を見て上げられる悲鳴や、嫌な話を聞きたくなくて、満月の夜に窓を開けるのをやめた。
僕の体に、何が起こっているのだろう?
/10/6『moonlight』
「おかあさん……」
か細い声が深夜の部屋に響く。
ふと目を覚ませば、8歳の息子が私を呼んでいた。
「トイレついてきて」
怖い夢を見たから、とわざわざ起こしに来たらしい。
トイレに付き添い、息子の部屋まで送ろうとすると、今度は一緒に寝てほしいと頼まれた。
「ひとりで寝るんじゃなかったの?」
「うん……。でも、今日だけ……」
私は俯く息子の頭を撫で、
「じゃあ、今日は一緒に寝ようか」
二人で寝室に行き、私のベッドに並んで寝ることにした。
久しぶりの息子の少し高めの体温がそばにあることに嬉しくなり、一人で寝られないのは私かもしれないと少しだけ思った。
/10/5『今日だけ許して』
誰か
僕の心に包帯を巻いて
ひび割れて
そこから液体が漏れて
痛いんだ
/10/4『誰か』
カツカツと廊下に響く足音。
それはゆっくりと、しかし急いでいるように近づいてくる。
カツ、カツ、カツ……。
だんだんと近付いてくる足音に、僕は息をひそめた。
恐怖で漏れ出てしまいそうな悲鳴を塞ぐために、両手を口に当てた。
指の隙間から荒い息が漏れ出る。
カツ、カツ、カッ。
僕が隠れている部屋の前で足音は止まった。
しばらく止まると、足音は諦めたように動き出し、そして遠ざかっていった。
足音が遠くなるのを確認すると、僕はようやく隠れていた戸棚から出た。
隠れていたのは15分ほどだろうが、2時間近くいるように感じられた。
これで彼女の虐待から逃れられる。
僕は部屋を出ると、文字通り逃げるように足音と反対方向へ走った。
カツカツは更に遠くなる。その内足音は耳にこだまする音だけになり、最後には聞こえなくなった。
(これでもう見つからない)
10/3『遠い足音』
ひやり。
朝。足元を冷たい何かが触れて目を覚ました。
「ん……?」
ゆっくりと目を開けると、隣に彼女が眠っていた。
おかしい。彼女は昨日隣のベッドで寝ていたはず。
ぼんやりとした頭で考えながら、僕にくっつき猫のように体を丸めて寝る彼女と反対側の腕を上げた。そして察した。
(ああ)
空気がいつもよりひんやりとしていた。
ふと外を見上げれば、あれだけやかましかった太陽のまぶしさは鳴りを潜め、今日はひっそりと周りを照らしている。
(秋になったんだな)
暑かった日差しをあたたかく感じた腕を布団にしまい、僕は彼女を抱き寄せた。
秋は好きだ。
普段スキンシップの少ない彼女が、こうしてくっついてくれるのだから。
/10/2『秋の訪れ』
死のうと思った。
死ねなかった。
生き残ってしまった。
知り合いに相談をすると、「なぜそんな馬鹿なことをしたんだ」と口々に言われた。
馬鹿なことなんて自覚はない。
ぼくはいたって真剣だ。
本気で、人生を終わらせようと思ったのだ。
でも出来なかった。
足がすくんだわけではない。
生きる理由が見つかったわけでもない。
ただ、死ねなかった。
これでまた、自分の部屋に帰り、また朝を迎えるという循環を繰り返さねばならない。
僕は死ぬ思いで、生きなければならないのだ。
誰かが、人生は旅だと言っていた。
僕の旅は終わらせられず、まだ続いてしまうようだ。
/10/1『旅は続く』
モノクロに映る世界を 君はカラフルだという
/9/30『モノクロ』
きらりと光る薬指。
ぽとりと落ちた雫。
彼は精算すると言った。
私は甘んじてそれを受け入れた。
きらりと光る指輪。
ぽたりと落ちる薬指。
永遠なんて、あるはずがない。
彼は私の永遠を断ち切った。
永遠を誓った指輪は、離れた約束についたまま。
私の裏切りで、永遠は永遠ではなくなった。
/9/29『永遠なんて、ないけれど』
「わっ!どうして泣いてるの!?」
部屋に帰ってきた時、彼女が口元に手を当てて泣いていた。
両の目から涙がポロポロとこぼれている。
僕の声に驚いたようにこちらを向いた彼女は、はっとして両手を外した。
「え?」
ぺろっと舌を出して、彼女が言う。
「泣いてないよ。あくびしてただけ」
それを聞いて僕は心配が安堵に変わり、玄関にへたり込んでしまった。
驚いたように見えたのは、僕にあくびをしてるところを見られたからだと思ったかららしい。
/9/28『涙の理由』
「ココア入ったよ、休憩しよう」
「はーい」
引っ越しの荷解きの最中、今はまだ彼氏の声がキッチンから聞こえた。
同棲するための引っ越し。
これから2人で住んでいく。ソファや棚なんかも2人で選んだりして、我ながらどう見ても浮かれている。
結婚を視野に入れたこれからの暮らしは、いったいどうなるのだろうと期待と緊張の半々だ。
普段は仲がいい私たち。今まで一度もしたことないケンカをすることもあるのだろうか。
ケンカをした日は2人別々の部屋で寝たりして。その時はどっちがソファで寝るのだろうか。
またある時は――。
「こーら」
そんなことを考えていたら彼氏に声をかけられた。
「また考え事してただろ。冷めちゃうよ?いったん休憩にしよう」
軽く肩を叩かれて、現実に意識が戻される。
苦笑する彼氏は私の手を引いて、ダンボールだらけの部屋を出た。
キッチンのある部屋では、まだ私のココアと彼のコーヒーの入ったマグカップが湯気を立てていた。
/9/27『コーヒーが冷めないうちに』