箱庭メリィ

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カツカツと廊下に響く足音。
それはゆっくりと、しかし急いでいるように近づいてくる。

カツ、カツ、カツ……。

だんだんと近付いてくる足音に、僕は息をひそめた。
恐怖で漏れ出てしまいそうな悲鳴を塞ぐために、両手を口に当てた。
指の隙間から荒い息が漏れ出る。

カツ、カツ、カッ。

僕が隠れている部屋の前で足音は止まった。

しばらく止まると、足音は諦めたように動き出し、そして遠ざかっていった。

足音が遠くなるのを確認すると、僕はようやく隠れていた戸棚から出た。
隠れていたのは15分ほどだろうが、2時間近くいるように感じられた。

これで彼女の虐待から逃れられる。
僕は部屋を出ると、文字通り逃げるように足音と反対方向へ走った。
カツカツは更に遠くなる。その内足音は耳にこだまする音だけになり、最後には聞こえなくなった。

(これでもう見つからない)


10/3『遠い足音』




ひやり。
朝。足元を冷たい何かが触れて目を覚ました。

「ん……?」

ゆっくりと目を開けると、隣に彼女が眠っていた。
おかしい。彼女は昨日隣のベッドで寝ていたはず。
ぼんやりとした頭で考えながら、僕にくっつき猫のように体を丸めて寝る彼女と反対側の腕を上げた。そして察した。

(ああ)

空気がいつもよりひんやりとしていた。
ふと外を見上げれば、あれだけやかましかった太陽のまぶしさは鳴りを潜め、今日はひっそりと周りを照らしている。

(秋になったんだな)

暑かった日差しをあたたかく感じた腕を布団にしまい、僕は彼女を抱き寄せた。

秋は好きだ。
普段スキンシップの少ない彼女が、こうしてくっついてくれるのだから。


/10/2『秋の訪れ』



死のうと思った。
死ねなかった。
生き残ってしまった。

知り合いに相談をすると、「なぜそんな馬鹿なことをしたんだ」と口々に言われた。

馬鹿なことなんて自覚はない。
ぼくはいたって真剣だ。

本気で、人生を終わらせようと思ったのだ。
でも出来なかった。

足がすくんだわけではない。
生きる理由が見つかったわけでもない。

ただ、死ねなかった。

これでまた、自分の部屋に帰り、また朝を迎えるという循環を繰り返さねばならない。

僕は死ぬ思いで、生きなければならないのだ。

誰かが、人生は旅だと言っていた。
僕の旅は終わらせられず、まだ続いてしまうようだ。


/10/1『旅は続く』

10/2/2025, 12:54:51 PM