雨が降っている。
ザァァァとそれなりに強い雨がコンクリートを打ちつけている。
だんだん深くなっていく水たまりを踏んだ靴が、バシャリと水をはねた。
「はぁ、はぁ……」
雨に濡れたのか汗なのか分からない雫が彼の頬を流れていく。
傘はさしているというのに、走っているせいでその足元や肩は濡れていた。
(まったく、どこへ行ったんだ……!?)
探しているのは、少年だ。
野良猫のように勝手に居着いて、ふらっと消えた正体不明の少年。
彼を拾った日も、こんな雨の日だった。
(勝手に居なくなったんだから、それでいいだろうに)
なのに、自分は彼を心配して探し回っている。
それは彼を保護していたからというだけではない。
「見つけたらメシ作らせてやる……!」
ここ数日彼の作る食事に胃袋を掴まれてしまったからかもしれない。
「どこにいんだよ!」
少年を探すにあたって、ようやく名前も知らないことに気がついた。
/9/8『雨と君』
名前を呼んだら、振り向いた。
音もなく、スカートを揺らして。
真っ白な髪が動きに合わせてさらさらと流れた。
「……なに」
あまりの美しさに見惚れて声を失っていた私は、その声でようやく我に返る。
「え、あっ、あの、もう下校時刻、だから……っ」
たかが下校時刻を告げるためだけに盛大に噛んだ。
私の舌はまだ時間が止まったままだったらしい。
「……」
彼女は何も言わず、カバンを持って教室を去った。
夕暮れの太陽が、私以外誰もいなくなった教室を照らす。
彼女がいた辺りの机の上で、きらりと何かが光った。
不思議に思って近寄ってみると、一本の髪の毛だった。
絹糸のように白い。きっと彼女の髪の毛だろう。
私はそれを拾い上げると、何故か捨てることが出来ずにじっと太陽に透かして見つめていた。
「おい、なにしてる。下校時刻だぞ」
先生に声をかけられるまで。
驚いて指を離してしまった手から髪の毛ははらりと落ち、床のほこりと同化してしまった。
/9/7『誰もいない教室』
点滅する
切り替わる
『とまれ』だった気持ちが
『すすめ』になる
矢印はあなたへ
/9/6『信号』
「秋広」
「おー、保喜」
保喜(やすき)とは、俺の名前だ。
今日も学校、部活が終わった後は示し合わせたように共に帰路に就く。
クラスが同じの秋広とは、幼馴染で家の方向も同じの親友だ。
「なあ、お前今日も佐々木さんと話してたろ? 付き合ってるん?」
「付き合ってないよ。同好ってだけ」
「どうこう~?」
俺は今、恋愛相談を受けている。件の佐々木さんから。秋広のことが好きだと。
「同好ってなんだよ?クラブでも作んのか?」
「クラブまではいかないな。実は好きって人も中にはいるだろうけど」
でも俺は相談を受けていながら、彼女の期待に背いている。
俺も秋広のことが好きだからだ。
「ふ~ん。メンツ集めりゃいいじゃん」
「そんなに大っぴらに出来ない趣味なんだよ。ほっとけ」
「えー、なんだよ、それ!教えろよ」
「お前のことが好きなメンバーです」なんて、誰が言えるかよ。
俺は今日も秋広への「好き」を胸に秘めたまま、奴の隣を歩く。
/9/5『言い出せなかった「」』
「今日のアキくん、どうだった?」
僕は今、恋愛相談を受けている。
ひょんなことから、この佐々木さんが親友の秋広のことを好きだと知ってしまった僕は、その日から彼女の相談役だ。
クラスが同じ僕は、秋広の観察レポートを毎日彼女に報告するハメになった。
彼女のまっすぐな瞳はまぶしい。
彼女の相談は聞いていて楽しい。親友の立場から、ここまで秋広を好きになってくれて嬉しいとさえ思う。
ただひとつ、彼女に言っていないことがある。
僕にも好きな人がいるということ。
「はぁ……」
大きな大きなためいき。
佐々木さんには絶対に言えないこと。
(僕も君と同じ人が好きなんだなんて、口が裂けても言えないよ……)
僕の秘密は誰にも相談できない。苦しい。
/9/4『secret love』