名前を呼んだら、振り向いた。
音もなく、スカートを揺らして。
真っ白な髪が動きに合わせてさらさらと流れた。
「……なに」
あまりの美しさに見惚れて声を失っていた私は、その声でようやく我に返る。
「え、あっ、あの、もう下校時刻、だから……っ」
たかが下校時刻を告げるためだけに盛大に噛んだ。
私の舌はまだ時間が止まったままだったらしい。
「……」
彼女は何も言わず、カバンを持って教室を去った。
夕暮れの太陽が、私以外誰もいなくなった教室を照らす。
彼女がいた辺りの机の上で、きらりと何かが光った。
不思議に思って近寄ってみると、一本の髪の毛だった。
絹糸のように白い。きっと彼女の髪の毛だろう。
私はそれを拾い上げると、何故か捨てることが出来ずにじっと太陽に透かして見つめていた。
「おい、なにしてる。下校時刻だぞ」
先生に声をかけられるまで。
驚いて指を離してしまった手から髪の毛ははらりと落ち、床のほこりと同化してしまった。
/9/7『誰もいない教室』
9/7/2025, 9:35:45 AM