「この女の子だれー?」
4歳の息子が指をさして尋ねる。
「これはママだよ」
「え、この女の子ママなの?ちっちゃーい」
わたしのひざに座って次々と「これは誰だ」と指をさす。
その度に「ママのママ、ばあばだよ」や「じいじだよ」と答えていった。
パラパラとめくる厚いページ。写真の貼られたアルバムをめくっていく。
それは私の過去。そしてこれから。
「これママ?」
何冊目かのアルバムを見ていると、息子が尋ねた。
「よくわかったねぇ、そうだよ」
「じゃ、これパパ?」
私の隣りに立っている男性を指して私の顔を見上げる息子。
「ふふ、そうだねぇ、パパだよ」
今ではこの写真の見る影もないくらいの姿になってしまった父親を見て笑う。
「パパかー。今はふっくらさんだねぇ」
「ふふ、これだーれだ?」
今度は私が指をさして尋ねてみる。
それは病院での写真。
「だれー?この赤ちゃん」
「もっくんだよ」
「もっくん?これもっくんなの?」
不思議そうな顔で聞いてくる息子に、赤ん坊の頃の息子だと教えてあげた。
目をくりくりして写真を見つめる息子。
「もっくんが生まれたばかりの写真だよ」
「これもっくんかぁ」
そしてもうすぐ、同じような写真が増えることだろう。
「もうすぐお兄さんになるからね。またいっぱい写真撮ろうね」
/9/3『ページをめくる』
遠くでセミが鳴いている。
とっくに暦は秋だというのに、まだまだ残暑が抜けない。
かと思えば、日の暮れはもう秋の色になってきており――。
「かみセンの話、今日も長かったねー」
「ホームルームするだけなのに15分も長引くって、何話すことがあんのよってね」
「要約すれば3分で終わる話じゃん? 不審者が出たから気をつけましょう、いつまでも夏休み気分じゃダメですよってさぁ」
高校の帰り道。
アキコとユミは帰りのホームルームについて話していた。リンがその後ろから2人についていくように歩く。
道幅の狭いこの道路は、3人横に並ぶと車に轢かれそうで危ないため、リンはいつも自然と2人の後ろを歩くようになっていた。
「ねぇ、リン。リンはどう思う?」
「え?」
前に2人で歩いていても、リンを忘れず会話に入れてくれるのが2人のいいところだ。
ぼんやりしていたリンは呆けた声を出す。
「だから、かみセンの話の長さ」
「あ、ああ!うん、長いよね。もう少し短くていいと思う」
「だよねー」
聞こえていた端々を拾って相槌を打つリンは、前に向き直った2人に見えないように息を吐いた。
(夏休み気分が抜けない、か……)
かみセンだけではなく、ほぼ全国の教師が言うであろう言葉。
いつもなら文句のひとつも言いたかったが、今年のリンはそれに反論出来ずにいた。
(何か、忘れてる気がするんだよね)
宿題でもなく、夏休みの遊びでもなく、『なにか』。
(あと1週間くらい休みがあれば、探しに行けるのにな)
何を忘れているのかさえ思い出せないリンは、漠然とそう思った。
とっくに2学期を開始している前の2人に置いてけぼりを食らっているような気分で、リンはまたひとつため息をついた。
/9/2『夏の忘れものを探しに』
「終わった……」
仕事が終わって伸びをして、思わず一瞬だらりと椅子に手足を伸ばしてしまう。
8月31日。本日夏休み最終日。昨今はもう少し早めに夏休みが終わるところもあるらしいが、この近辺ではまだ8月末まで夏休みだ。
終わってしまった。私の安息が。終わってしまったこと、子どもの世話などではない。私はまだ独身だ。
何が終わってしまったかといえば、
「今日で最後か……」
通勤電車で座れるか否かだ。
朝のまだ起きていない体を休めるため、仕事で疲れた体を家に連れ帰るため。電車で座れることは安息以外に他ならない。それが今日、終わってしまう。
「はぁ、明日からまた、立ちっぱなしの生活か……」
/9/1『8月31日、午後5時』
カツン、カツンと靴の音が響く。ハイヒールと革靴。
ここ数日徹夜に近い状態で資料を作り上げた二人は、今から社内の命運をかけたプレゼンを行う。
成功するかと不安気な顔をしている男は、女をチラリと盗み見る。
女は毅然とした態度で前を見ていた。それを見て男もキリリと顔色を変える。
(大丈夫。あんなに何度と修正したんだ。あとは先輩のアシストをするだけ)
会議室に着いた。ノックをすると中から返事が聞こえた。
二人の最後の戦が始まる。
/8/31『ふたり』
まるで写真のように
切り取ったような風景は
僕の心から離れない
ひまわり畑に行った時
振り返った君の姿が
ポストカードのようだったんだ
/8/30『心の中の風景は』
「終わらない……!」
庭に生えまくった雑草を抜きに抜いていく。が、痛む腰を叩きながら周りを見渡すとほんの一部しか綺麗になっていなかった。
「はぁ……」
軍手をした手に、熊手と雑草を持ちながら立ち上がる。
ただ立ち上がっただけなのに、凝った腰が音を立てた。だらりと汗が横顔から垂れていく。
『夏草や 兵どもが 夢の跡』
何故か思い出した例の俳句。
本来の意味合いとは全然違うが、かけた時間と労力を思うと思わず浮かんでしまった。
もちろん兵は頑張った私。
こんなに頑張っても、ひと月も立てば同じような状態になることを思うと、頭が痛くなる。
/8/29『夏草』
大事なものは
いつだって胸の中に
見ないふりをしたってしょうがない
どうしたって存在している気持ちに
嘘はつけない
/8/28『ここにある』