あなたに好きと言われたから
涙が止まらないの
/8/20『なぜ泣くの?と聞かれたから』
トスッ
絨毯に鋭利なものを落としたような音がした。
吸収されきれなかった重みの音。
それは私の心が踏みにじられた音。
傷ついたわけではないけれど、モヤモヤとした何かが残った音。
(こんな風に思いたいわけではないのに)
一度考えてしまえば拭いきるのは難しく、トストスとそれは足音を立てて、耳元で地団太を踏むように私の頭を蹂躙する。
(考えたくない。考えたくないのに)
関係の悪化を気にして何も言い返せなかった後悔。
言わなかったことを褒めたい自分と、言い返してやりたかった自分。
(うるさい、うるさい。考えたくない)
「考えたくない」と思ってしまうことが、既に考えていることになってしまっていることに、気付いてはいるが思考は止まってくれない。
トストス、トストス。
痛くはない。
ただ、手で毛を逆立てるように逆撫でされる。
耳をふさいでも聞こえる、やわく鋭利な足音。
/8/19『足音』
サンサンと降り注ぐ太陽の光。
漫画的に書くのなら「サンッ‼」とでもなりそうな陽光だ。
「あっつい……」
誰に言うでもなく、道を歩く俺の口から漏れる。
「ほんと、殺人級だよ、この暑さ」
独り言を恥ずかしいとも思わずに呟いたのは、俺がこの世界を過ごすのが6回目だからだ。
周りの景色はこれまでの5回と変わらない。
コーラだけが売り切れた自動販売機。その下で何かを探している小汚い年の年老いた男。公園では黒猫が横切り、ブランコで幼い兄弟が遊んでいる。
兄弟の服まで変わらない。兄の方は人気の戦隊ものTシャツと黄色いハーフパンツ、弟の方は黒と白のストライプのサロペットだ。
「はぁ……。一体どうしてこんなことに……」
何がきっかけだったのか分からない。同じ夏の一週間を俺はぐるぐると巡っている。
終わりは知っている。俺が郵便ポストに姉への手紙入れた瞬間、公園で項垂れていたあの時に戻るのだ。
就職活動に落ち続け、暑さに負けてベンチに座っていた、あの時に。
「なんでさー。進んでくれないんだろうなー」
きっかけが分かったのなら、ポストに手紙を落とす音が聞こえてくれるのだろうが、このままいくと、7回目のタイムリープをしそうである。
行動は変えてみているのだが、しがない大学生のバイト漬けの日々なんて、そうそう変わるものでもない。
バイトをサボってみたりもしたが、そのまま時間が進んでしまったら生活に関わるので、完全にサボりきれずにいる臆病な俺がいた。
「そんなところがダメなのか?」
アパートの鍵を取り出して、部屋に帰る。
部屋に帰ってこれからすることは、姉への手紙を書くことだ。
(手紙の内容も、大して変えることなんてないしな……)
手紙の内容すらアグレッシブになれない俺は、次のポストの音もまた聞こえなさそうである。
/8/18『終わらない夏』
何も出来ない自分が大嫌い
すぐにマイナスなことを考えてしまう自分も
要領の悪い自分も
周りはあんなに出来ているのに
どうして自分は
こんなにも何も出来ないのか
そう考えることがダメだと
いつも友人にも言われているのに
ダメだ
こんなことを考えては
明るいプラスになるようなことを考えなくては
この気持ちを
くしゃくしゃに丸めて遠くの空へ
/8/17『遠くの空へ』
「大好き!!!」
!がいくつあっても足りやしない
僕の君を想う気持ちは「!」じゃ表せない
最大限の愛情を込めて
君の唇に口づけを
/8/16『!じゃ足りない感情』
「僕はきっと、明日には死んでしまうんだ……」
窓の外を見て嘆く君。
ベッドに横たえた体は細く白く、ぽつりとこぼす声は弱々しい。
その目が映すのは窓の外の壁。隣にあるレンガ造りのビルの壁に挟まった一枚の葉。
そよそよと吹く風に揺られて、今にもどこかに飛んでいってしまいそうだった。
「僕には慰めてくれる人も、絵描きの友達もいない。このまま病気に負けてしまうんだ……」
今にも命の灯火が消えてしまいそうなか細い声音で君は一筋の涙をこぼし、布団に潜り込んだ。
翌朝。目が覚めた君が、いつものように窓の外を見ようとすると、窓には白いカーテンが引かれていた。
緑の葉っぱ型の紙がたくさん貼られたカーテン。
「これは……なんて……」
目をみはった君の瞳が揺れている。
誰がやったのかわからない。看護師たちも不思議そうな顔をしていた。
開かれた窓から風が吹き込み、カーテンの葉がそよそよと揺れる。
「誰がやってくれたんだろう?僕のために?……嬉しい。……なんて美しい景色なんだ」
君は顔をぐしゃぐしゃにして泣いてしまった。
明日にも死ぬと言っていた彼が、細い声でしくしく泣いていた。
だが、その白い顔色からは青みが消え、君の頬にほのかに赤みがさしていた。
『誰か』が君に生きてほしいと思っているんだよ。
/8/15『君が見た景色』
「大好き」以上に伝える言葉ってあるのかしら?
「愛してる」? それも少し違うのよね。
私は「愛」ほど、あなたの嫌いなところを許容していないもの。
でも、あなたのこと、好きで好きで大好きで、たまらなくなるの。
こんなとき、人はどうやって感情を伝えればいいのかしら?
/8/14『言葉にならないもの』
遠く遠く見える太陽。
海の向こうの空に高く、太陽は「まるで自分が、一番だ」とでも言うように輝いていた。
(まぶしい……)
じっと汗ばむ背中。照りつける太陽が痛い。
僕は砂浜へ続く階段に座って、手の甲で顔の上に影を作った。妬ましいほどにサンサンと降り注ぐ陽光を睨みつける。が、まんまと照り返された。
(太陽なんて大キライだ……!)
僕がこんなに太陽を苦々しく思い始めたのは、一昨年からだ。
あれは同じクラスの女の子に告白した時のこと。
「わたし、あなたみたいな普通の男の子とは付き合う気はないの。レントみたいに輝いている人じゃなきゃ!彼はわたしの太陽なの!」
フラれるだけならよかったが(よくはないが)、まさかの比較対象が太陽だった。いや、太陽のようなアイドルだった。
太陽だなんて、まさかと思い『レント』を調べてみた。
(太陽だ……。これはまさしく、太陽だ)
光り輝く笑顔に、スポットライトに照らされて踊るダンス。輝いているのはライトのおかげかと思いきや、そんなことはなかった。暗くほのかな明かりに照らされたステージでも、彼はサンゼンとそこに己の存在を示していた。もうこれでもかというくらい。
そこで僕も『レント』を好きになれば、もしかしたら彼女と友達くらいには仲良くなれたかもしれない。ただのクラスメイトから脱却出来たかもしれない。
だが、あの『太陽』に僕は屈してしまった。あんな輝きに、ただのクラスメイトの僕が敵うわけがない。
まざまざと知らしめられた僕は、なぜか『レント』ではなく、太陽をキライになってしまった。特に、ギラギラと必要以上に輝く真夏の太陽を。
告白したのが夏でなければ、もしかしたら太陽をキライになるまではなかったかもしれない。
「はぁ……」
逆恨みだということは分かっている。
だが一度キライになってしまったものをまた好きになれるほど、僕はまだ人間が出来ていなかった。
/8/13『真夏の記憶』
小指を伝ってこぼれ落ちるアイスクリーム
手で包んだコーンにまで垂れ落ちて
まるで昨日のあなたみたい
手首まで流れる雫を舐め取ると
甘くて苦い抹茶の味がした
ああ なんて――
愛しさと切なさを覚える味は
昨夜のことを思い起こさせるよう
/8/12『こぼれたアイスクリーム』