箱庭メリィ

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トスッ

 絨毯に鋭利なものを落としたような音がした。
 吸収されきれなかった重みの音。

 それは私の心が踏みにじられた音。
 傷ついたわけではないけれど、モヤモヤとした何かが残った音。

(こんな風に思いたいわけではないのに)

 一度考えてしまえば拭いきるのは難しく、トストスとそれは足音を立てて、耳元で地団太を踏むように私の頭を蹂躙する。

(考えたくない。考えたくないのに)

 関係の悪化を気にして何も言い返せなかった後悔。
 言わなかったことを褒めたい自分と、言い返してやりたかった自分。

(うるさい、うるさい。考えたくない)

 「考えたくない」と思ってしまうことが、既に考えていることになってしまっていることに、気付いてはいるが思考は止まってくれない。

 トストス、トストス。

 痛くはない。
 ただ、手で毛を逆立てるように逆撫でされる。

 耳をふさいでも聞こえる、やわく鋭利な足音。


/8/19『足音』





 サンサンと降り注ぐ太陽の光。
 漫画的に書くのなら「サンッ‼」とでもなりそうな陽光だ。

「あっつい……」

 誰に言うでもなく、道を歩く俺の口から漏れる。

「ほんと、殺人級だよ、この暑さ」

 独り言を恥ずかしいとも思わずに呟いたのは、俺がこの世界を過ごすのが6回目だからだ。
 周りの景色はこれまでの5回と変わらない。
 コーラだけが売り切れた自動販売機。その下で何かを探している小汚い年の年老いた男。公園では黒猫が横切り、ブランコで幼い兄弟が遊んでいる。
 兄弟の服まで変わらない。兄の方は人気の戦隊ものTシャツと黄色いハーフパンツ、弟の方は黒と白のストライプのサロペットだ。

「はぁ……。一体どうしてこんなことに……」

何がきっかけだったのか分からない。同じ夏の一週間を俺はぐるぐると巡っている。
終わりは知っている。俺が郵便ポストに姉への手紙入れた瞬間、公園で項垂れていたあの時に戻るのだ。
就職活動に落ち続け、暑さに負けてベンチに座っていた、あの時に。

「なんでさー。進んでくれないんだろうなー」

きっかけが分かったのなら、ポストに手紙を落とす音が聞こえてくれるのだろうが、このままいくと、7回目のタイムリープをしそうである。

行動は変えてみているのだが、しがない大学生のバイト漬けの日々なんて、そうそう変わるものでもない。

バイトをサボってみたりもしたが、そのまま時間が進んでしまったら生活に関わるので、完全にサボりきれずにいる臆病な俺がいた。

「そんなところがダメなのか?」

アパートの鍵を取り出して、部屋に帰る。
部屋に帰ってこれからすることは、姉への手紙を書くことだ。

(手紙の内容も、大して変えることなんてないしな……)

手紙の内容すらアグレッシブになれない俺は、次のポストの音もまた聞こえなさそうである。


/8/18『終わらない夏』

8/18/2025, 11:10:27 AM