箱庭メリィ

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6/3/2025, 7:43:55 AM

「お兄さん、傘忘れちゃったの? 入れてあげる」

 10年以上前に潰れたタバコ屋の軒下で雨宿りをしていると、少女に声をかけられた。

 180センチ超えの男が子ども用の傘に入れてもらうのは忍びないと思い断るも、少女は強情だった。

「お兄さんのおうちあそこでしょ? すぐだもん。そんなに濡れないよ」
「じゃあ、えと、お邪魔します」

 登下校中に姿を見ていたのはお互い様らしく、家の場所を指され観念した。
 さすがに傘を持つのは譲ってもらい、少女が濡れないように傾けようとして、傘の内側が目に入った。

「えへへ、すごいでしょー。アカリのお気に入りなの!」

 女の子にしては珍しく真っ黒な傘を持っているなと思ったが、その内側は外面に対して明るかった。
 ぽつぽつと黄色い点がそこかしこに飛散しており、それはまるで――

「プラネタリウムみたいでしょ!」

 家の前まで送ってもらったあと、シャレたお菓子なんて用意してなかった俺は、その足でコンビニに行き後日アカリちゃんにお礼をした。

/6/2『傘の中の秘密』

広告視聴完了前にアプリ落としたので
前の内容消えてしまいました……。

6/1/2025, 2:29:23 PM

 ひざの上にのせた愛犬のポロを撫でながら恭子は窓の外を見た。

「あ、よかった。見てごらん、晴れたよ」

 愛おしそうに背を撫でる手は慈しみに溢れている。

「よかったねぇ。雨上がったよ。雨の中いくのは嫌だろうしねぇ」

 撫でられているポロは目をつむって気持ちよさそうにしている。薄茶色のくるんと丸まった毛はふわふわとしていて、まるでぬいぐるみのようだと恭子はいつも思う。

「ほらほら、虹も出てきたよ。これで渡れるね」

 恭子は手を止めず、撫で続ける。
 窓の外は雲の隙間から晴れ間が見えており、その向こう側にはうっすらと七色の橋が見えた。

「ポロちゃん、今までありがとうねぇ」

 恭子の声が震える。ぽたりと撫でる手に雫が落ちた。
 恭子の悲しみを表すように降っていた雨は、虹の橋を渡らせたい彼女の願いが届いたのか、通り雨で済んだ。

「ポロちゃん、天国(あっち)に着いたら、空から私達を見守っててね」

 恭子はようやく、撫でる手を止められた。


/6/1『雨上がり』

5/31/2025, 8:51:56 PM

「惚れたほうが負け」なんて言うけれど

  両想いになった時点でドローでしょ


/5/31『勝ち負けなんて』

5/30/2025, 2:52:37 PM

『そうして彼らは新たな街へと旅立つのだった。
    〜 Fin 〜』

 カタカタ、カタン、と最後の文字まで打ち終えると、作者は今までの旅を一身に背負ったかのように盛大な伸びをした。
 いや、書いたのは彼なのだから、旅をしてきたのは彼だと言っても過言ではないのだが。

「うーん。ようやく終わったー。さ、休憩してから担当さんに送るかー」

 独り言を呟いて彼が部屋から出ると、誰もいないはずの部屋に話し声がしだした。

『なぁ、おれらの旅、終わったって書いてあるぜ?』
『始まりがあれば終わるもの、当然でしょう』
『でもでも、まだ魔王倒してないよ?』

 ぼそぼそとした声がだんだんとはっきりしだしたかと思えば、先程終了を書かれたあとの部分からつらつらと文字が増えている。
 それは彼の書いたファンタジー小説の主人公たちのセリフだった。

『こんなところで終わらせられてたまるかよ』
『しかし、そうは言ってもですね。作者(神)が私達の冒険はここで終わりだと仰ったのです』
『まだまだ途中なのに? ヒドくない?』

 主人公の勇者、眼鏡をかけた賢者、魔法使いの少女、セリフはまだまだ連なっていく。

『あ、終わらせなきゃいいんじゃないか?』
『は? 勝手にそんなこと出来るわけないでしょう』
『わ、ナイスアイディーア! あたし達で続けちゃえばいいんだ!』
『よし、そうと決まれば次の街へ出発だ!』
『ちょ、ちょっと、なにを勝手な――』
『おー!』

 勇者たちは、閉ざされた道を切り開いてずんずん進んでいった。道なき道を進む二人を見て、賢者は戸惑っている。

『ぼーっとしてると置いていくぞー』

 が、勇者の声に慌ててあとを追いかけた。


 しばらくすると、コーヒーとスマホを持った作者が部屋に戻ってきた。
「あ、担当さんですか? あの、さっき書き終わったって言ったやつなんですけど、続き、思いついちゃったんで書いていいですか?」


/5/30『まだ続く物語』

5/29/2025, 4:25:32 PM

「ねぇ、今日はどうするの? 泊まってく?」
「んー、いや、出てく」
「……そう」

 僕の好きな人は、恋人になってくれない。

「泊めてくれてありがとね。またいつか」
「ねぇ」

 彼女が左のロングブーツのジッパーを上げてる時、声をかけた。

「好きだよ」
「うん。ありがとう」
「そろそろさ」
「また連絡するね」

 僕の言葉を遮った彼女は、にっこり笑ってひらひらと手を振る。
 別れ際はいつも『かわいい彼女』そのものなのに。

 誰かの家を転々として特定の相手を作らない。
 学部も学校も違うのに、近隣の大学で有名な彼女は『渡り鳥』と呼ばれている。


/5/29『渡り鳥』

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