これまでずっと我慢していたけれど、もう限界。
そろそろキレちゃっても、いいよね?
私は周囲に誰もいないことを確認し、
(そもそも一人暮らしなので誰かがいることもないが)
「んはぁぁっ、かわいいぃぃぃぁぁ!」
ちょうど遊びにきてしまった恋人の存在も気にせず、今日やっとお迎えした愛犬となる子を撫でくり回した。
恋人は引いている。
犬は怯えて動けずにいる。
でも私はもう何も気にしない。
やっと、やっと、お迎えできた!
これから愛情注ぎまくる!
/7/12『これまでずっと』
どふぃくしょん。漫画的に読んでいただければ。
目が覚めると、いつもの朝と雰囲気が違うことがわかった。
いつもなら寝ぼけているはずの頭も、まだ覚めきっていないながらどこかスッキリしている。これは――。
「遅刻だ!!」
文字通り布団をはねのけて、飛び起きた。
不思議だ。いつもより体が軽い気がする。足元なんて床を踏んでいないかのようだ。
秒で歯を磨いて、朝ごはんの食パンを食べて、学校へ行こうと玄関のドアを開けて、気づいた。いつもの風景と違う、と。
“そこ”の俺は、これがいつもの風景だと信じているが、“別”の俺がこれは現実じゃないと告げている。
だってドアの外はいつもの庭じゃなくて、どこか別の、屋敷みたいな横に長い、広い庭みたいになってたんだ。
でも“俺”は違和感を覚えず門を開けて出かけようとする。
取っ手を握ったところで、“目覚ましが鳴った”。
「――あれ?」
目が覚めると、目が覚めたことに気がついた。
今まで見ていたのは、夢だった。夢の中で起きて、学校へ行こうとしていた。
さっきまでと感覚が違う。確かな重さが自分にある。布団の感覚。手に触れたスマホ。少し冷えた金属の感覚。
(夢か)
まだ覚醒しきってない頭でぼんやり考える。そして先程までの“夢”を思い出しながら、はたと思う。
(あれ? 今何時だ――?)
触れたスマホをそのまま手に持ち、時間を確認する。
「やっべ!」
夢の中ほどではなかったが、遅刻ギリギリの時間。
俺は慌ててベッドから飛び降り、床を蹴った。
/7/10『目が覚めると』
夢の中の夢って不思議。
「雨が降っているね」
「はぁ!? どうでもいいだろ、そんなこと!」
俯いた僕が言うと、隣にいた彼は怒号を飛ばした。
屋根を雨粒が叩いて、どんどん激しくなるものだから、事実を告げただけなのに。
「こんな雨の日は、喫茶店でゆっくりコーヒーでも飲みたいね」
「バカ言え! お前今どういう状況かわかってんのか!?」
のんきなことを言う奴だ、と彼は怒っているのだろう。
確かに。今はそんな悠長なことを言っている場合ではない。
でも、ちょっとした希望を呟くくらい、いいじゃないか。
「お前、ふざけるなよ? 幻覚でも見てんのか?」
「ははっ、幻覚なんて見えてたら、僕は今喫茶店にいるよ。」
もし幻覚が見えていたら、〇〇したいなんて、言うかね。
彼は喉を絞められたような声で「ふざけるな」とぼやいた。
(こんな激しい雨の降る日はさ、室内でゆっくり過ごすのがいいんだよ)
こんな、戦争なんてしていなくてさ。
こんなに激しい雨の日は、ヘルメットじゃなくてちゃんとした屋根の下で――そうだな、趣のある赤茶色の屋根がいいな。ジャズなんて掛かっててさ。
僕は静かに過ごしたかっただけなのに、君は窓際に座る女性をナンパしようだなんてバカなこと言い出してさ。注意されても聞かないから、マスターにクソ苦いコーヒーをお仕置きに出されたりして――。
「なんだよ、聞こえねぇよ……ッ!」
彼の僕の腹を押さえる手が強くなる。
僕が呟いていた言葉は、声にはなりきれていなかったらしい。
いつの間にか泣いていた彼のこぼす涙の衝撃が僕のヘルメットに伝わる。トン、トン、と雨とは違う音。
早く平和にならないかな。
僕たちはみな、誰も悪くない。武器を向けるほど、誰も憎くなんてないのに。
「早く、終わらせて、帰ろう」
「……そうだな」
眠ってしまう前の言葉は、彼に届いたらしい。相槌と共に、彼の手が離れた。
/5/31『天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、』
スマホが震えた。
着信と同時に光った画面を見てみると、緑のアイコンと「通知 1件」の表示。
私はその通知を見て見ぬふりをして、作業中の手元に視線を戻した。
触れられなかったスマホは、時間経過とともに静かに暗くなった。
ブルルッ。
しばらくして、スマホが震えた。通知の数が増える。
私は視線だけスマホにやり、また無視をして作業に戻った。
ブルルッ。
ブルルッ。
鳴るスマホ。
増える通知。
ブルルッ。
ブルルッ。
ブルルッ。
いつの間にか、通知は12件、34件と数だけを増やしていく。
たまに見える、明るくなるスマホに見えるLINEの文字。
『会いたい』
『どこに行っちゃったの?』
『寂しいよ』
ブルルッ。
また通知。
もう何件目だろう。今日このスマホには何十もの通知があっている。だが持ち主は見もしていない。
ブルルッ。
『抱きしめてよ』
明るくなったスマホに映る送信された文字列。
テーブルに突っ伏した私のスマホと、同じ。
通知は数秒だけそれを表示して、53件目、と通知の数を重ねた。
帰ってこない、彼の、スマホ。
彼のように落ち着いた、シックな色合いのスマホだけが私の隣にいる。
私はここで、彼の部屋で、彼の帰りを待ち続けている。
ブルルッ。
既読のつかないメッセージだけが増える。
/7/11『1件のLINE』
「どうしてそんなに強くいられるの?」
よく聞かれる質問。
強く、が何に対してかわからないけれど、私は私でいるだけ。
周りのことなんか気にしない。
それでやっかみや茶々を入れられることもあるけれど、気にしない。
そういう人たちは、そんなヒマがあるのなら、自分もそうなれるよう努力すればいいのに。
ジャケットを羽織った逆手の手首にラインを入れて、ペンを置いた。
何にも負けない、強気な女性。バリキャリが主人公の短編マンガ。
短編なら、自身と正反対な人でも描けるかもしれないと思ったが、なかなか難航している。
自分にはない、マインド。
この主人公にとって、『私は私』は当たり前。
(私も、そうなれればいいのに――)
/7/9『私の当たり前』
夕暮れが街を包み込み、夜を連れてくる頃。
街頭がマジックの合図のように一気に灯った。
それを皮切りに、ポツリポツリとともりだす。
誰かがそれぞれの窓をノックしたように順番にともる灯り。
漏れてくる夕餉の香り。
今日の夕飯はなんだろう?
カレーかな?
/7/8『街の灯り』
『狐の嫁入りでもありそうな
今にも泣き出しそうな空』
仕事終わりに会う友人の返事はこう返ってきた。
今日はずっと屋内にいたので、外回りをしている彼に天気を聞いたのだが――。
本好きの彼に言わせると、ただの曇り空も詩的表現されてしまう。
「そんな面倒な言い回ししないで、単純に雨降るかわからんあいまいな空って言えよ」
/6/14『あいまいな空』
上げ忘れちゃんたち。
「今晩は生憎の雨。織姫と彦星の逢瀬を見ることは難しいでしょう」
お天気キャスターが残念そうに告げた。
本当に残念なのかな?
二人は、二人きりのデートを見られたくなくて、雨のカーテンを引いたんじゃなかろうか。
/7/7『七夕』
何かマイナスなことを言うと
必ずプラスに返してくれる彼は
自分のことだけは
プラスに出来ずにいた
ぼくはそのことを知らないまま
彼をなくしてしまった
ぼくはどうしたらよかったんだろう
彼の最後の笑顔を見たのはいつだったっけ――?
/7/6『友だちの思い出』
誰だろう?
雲の切れ間からのぞくそれを
『天使のはしご』と言ったのは
/7/2『日差し』
ビルの隙間からかすかに見える光点。
それを星だと理解するには、ここは眩しすぎる。
店々を飾るネオンライトや看板。それらを避けるように路地を一本入っても、同じように明かりが続く。
ふらり。
導かれるようにとある店の看板が目に入る。
小さなスポットライトに照らされる看板。脇に立つフライヤーラック。
周囲のお店と変わりないような店なのに、何故か気になった。
地下に続く階段は薄暗く、普段の自分ならとても入ろうとは思わない。
けれど足を一歩踏み進めた。靴音が鳴る。
重ための扉を開いた。音と光が漏れてくる。
「いらっしゃいませ」
男性が気付き、こちらを振り返った。
柔和な笑みをたたえ、歓迎される。
「ようこそ。ここは欲望渦巻く星のない店。どうぞひとときの夢を――」
エスコートされた先は、外よりもまばゆい歌と踊りと演劇が織りなす絢爛豪華なステージだった。
/7/5『星空』
せっかくなので推しゲーオマージュ。
神様だけが知っている
この世界のすべて
神様だけが知っている
はずだったけれど
見守ることは出来ても
手助け出来るかは別だから
会いに行った時に恥ずかしくないような
生き方をしないといけないな
もしも目が合った時に
助けてもらえるように
/7/4『神様だけが知っている』
この道の先が
光っているのか
闇が待っているのか
わからないけれど
この道の先に
素敵な何かを置いていけるのは
僕次第だ
虹の彼方に
行けるように
/7/3『この道の先に』
夏になると弟を思い出す
よくソフトクリームやなんかの形に例えられるが
私はそんな楽観的なもの 思い浮かべられない
その昔 夢に見た
双子の弟
置いてきてしまった弟
彼は赤い池のそばで石を積んでいた
ひとつ ひとつ 積んでは
またひとつ
ある程度の高さまで積み上げると
彼が積んだ石の塔は崩れる
泣きそうな顔の彼を見つめていると
彼が顔を上げ わたしに気づいた
それから話をして
彼が私の双子の弟だということ
彼は生まれてからすぐに死んでしまったこと
彼の命は 二人共が犠牲になってしまうはずだったものの
代わりになったということ
色々なことを教えてくれた
そして親より先に死んでしまったので
ここで石積みをしていることを教えてくれた
彼はここで わたしを待っているのだと言った
双子の片割れ
わたしは 彼と ふたりでひとり
すぐにわたしもここに来ると言ったが
彼は首を横に振った
私がここに来るまで
ずっとこんなつらい目にあわせるのは嫌だったけど
弟を泣かせるのはもっと嫌だったから
私は生きることを決めた
私が行くまで 待っててね
/6/29『入道雲』