卵を割らなければ

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5/20/2025, 9:13:15 AM

どうしても...

ど 『ドーナツの穴を埋めるための
  ドーナツが必要になった。
  個数を求めよ。』

う 埋まらない。それが答えである。
  穴を埋めるためのドーナツには
  穴が空いているからだ。

し 式を立てて証明した。
  すると、

て 『“手を動かして”個数を求めよ。』
  に、問題文が変わっていた。

も もはやドーナツではないだろう。
  3個目でドーナツの穴は完全に
  ふさがっていた。小さい穴は
  揚げると膨らんでなくなって
  しまうのである。

... ……わからない。数式と現象は
  どちらが正しいのだろう?

5/18/2025, 1:53:57 PM

まって

【手遅れ】

 骨になったけど蘇った。
 たぶん未練が成仏を妨げたんだろう。安らかな気持ちでいないと成仏はできない。お経はあげてもらったのだけれど、意味がわからなかった。意味がわからないものを延々と聞かされていてストレスがたまったのだと思う。まだ契約してるはずのサブスクの、マイベストリラックスと名前を付けたプレイリストの方が何倍も安らかな気持ちになれる。

 前置きはいいや。私が蘇ったのはお腹が空いたからなのだ。
 死んだとき、ほとんどものを食べれてなかったんだよね。ちょっと常軌を逸してたのだ。
 ダイエットにはまって、痩せれば痩せるほど美しくなれると信じていた。
 気付いたときには病院に運ばれ点滴を打たれていた。栄養失調だと言われた。点滴がよく効いたのかアパートには結構すぐに戻れた。

「あんた、骨と皮だよ」
 そう、入院先に迎えに来た母親から言われて、すっっごく嬉しかったのを覚えている。骨と皮かー。くくく。肉はいらないのだよ。
 母という人は、まるまると肥えていて、腕なんか丸太ん棒みたいで、同じ人間かと疑う。私はこの人から生まれたと信じ込まされているが、真実は他にあると思う。 母を見るたびそう思う。

 で、母を「もう大丈夫だから」と追い返し、いつもの生活に戻ったのだけれど、いつもの生活を続けると限度超えして倒れることは分かったので、少しは食べることにした。

 カレーを作った。これがいけなかった。おいしすぎたのである。
 母の料理上手を、知らず受け継いでしまったのだ。母に料理を習った覚えはないのだけれど、勘所というのかな、そういうのが私にはあって、うまくやれてしまうのである。
 ダメだよ、これ。
 食べたい。
 ここで食欲という本能が、いきなり私の中で息を吹き返したのである。
 今まで何の匂いにも味にも、特に興味を持てず、砂……?としか感じてなかったのに。
 皿に盛り付けた分はもう食べてしまった。なのに、もっと食べたいとなっている。

 風呂に入ろう。
 私は戦略的撤退をもって、天使と悪魔の戦いから身を引いた。
 その風呂場で、足を滑らせ頭を打った。体がふらついていたせいだ。 
 打ち所が悪くて私は死んだ。

 話が長くなったが、今の私は骨である 。骸骨である。火葬が済んで骨になったけど蘇ったのだ。たぶん未練が成仏を妨げたんだろう。安らかな気持ちでいないと成仏はできない。お経はあげてもらったのだけれど、意味がわからなかった……って、この話さっきしたか。
 
 アパートに帰ってきた。
カレーだよ。カレーを食べに蘇ったの。あるじゃん、カレー鍋。やったね。ご飯ご飯。
 お皿を取り出し、左側に白いご飯をよそい右側にカレーをかけた。カレーのスパイシーな香りが、蘇った食欲をそそる。
 いただきます。

 ――分かってたんだよ。
 骨なんだから。
 味が感じられるわけないし。香りは記憶が作った幻だし。それに内臓がないのにどうやって消化するつもりなんだよ。
 ――咀嚼したご飯とカレーが、そのままボトボトと落ちて、肋骨を黄色く染めている。

5/17/2025, 12:46:18 PM

まだ知らない世界

 私は公園を散歩している。新緑の季節である。
 行く手に木々の枝が重なり合い、日差しを遮っている場所があった。その緑陰で絵を描いている人がいる。
 ――何を描いているのだろう?
 その人の視線の先にあるのは、背の高い木に、芝生に、白いベンチ。白いマーガレットが咲いていて、その向こうには池がある。

 ――はあ。ベンチ描いてるのかよ。座れないな。
 幸い、近くに他のベンチを見つけて腰をおろした。本を開く。
 ――ひきこまれた。この前半から、まさか恋愛、それも成就へ向かうとは思わなかったな。にしても後半のリアリティー。知ってる世界を書いただけのことある。こなれてる。
 おもしろかった!!

 私は帰りがけに、絵を描いている人の後ろを通り、キャンバスをのぞいてみた。
 ――風景描いてたんじゃなかったのかよ。
 そこには木もベンチも花も描かれてはいなかった。その代わりに……。
 文字、が書いてあった。

 ――見てはいけないものをみたような気がする。
 その人は、私のまだ知らない世界を描いていた。

5/16/2025, 4:42:19 PM

手放す勇気

『手放す勇気』という本に影響を受け、俺はバーチャル空間にある自室の本棚を片付けることにした。なんとなく読もうと思った本を溜めこんでいたら、3万冊超になっていた。

 本棚に収まりきらない本は、床に積み上げられるだけ積んである。一部崩れてドアが半分しか開かず、入室のたびに次こそ片付けようと思って早5年になる。

 “スッキリとしたバーチャル空間が、心と時間に余裕を生みます。”
『手放す勇気』の一節にやる気をもらい、俺はAIアシスタントのshioriを呼び出すと、【3万冊の本処分します!ベストセラー本『手放す勇気』実践編】と題して、ライブ配信をスタートさせた。

 テーブルがないので、とりあえず積み上がった本の上にマグカップを置いたら、本が崩れた。並々ついだコーヒーがもろに本にかかって、大惨事になった。そこにコメントがつく。
 ――はあ?バーチャルなんだろって?
いやいや、バーチャル空間にリアルさを追求するのが今どきなんですよ。説明求ム?え、なに?2045年以前からアクセスしてる人?まじか。だまってろ、今コーヒー拭き取るのに忙しいんだよ。

 思いのほか、ライブ配信に人が集まっていた。悪い気はしない。
 蔵書の公開も済み、選別に入る。ここに時間をかけるつもりはない。shioriに「読みそうにない本を手放そうと思ってるんだ。優先順位つけてリスト化してくれ」と話しかけた。

「わかりました!」
 shioriは、積み上げられた本の上に座っていたが、ぴょんと飛び降りると、ぐるりと3万冊の本に視線を向けた。

「豊かな教養を身につけようと考えて購入した本ほど、読んでいない傾向が見られます。流行の本や話題の本、オススメされた本を購入するも、8割がた飽きて数ページ読むと忘れます。辞書の類、使用形跡皆無。埃まみれの本や、出版年月日が古い本、取り出した形跡皆無。そもそも読むというより、新しい本を追加しているようです。あ!わかりました。ここってもしかして本屋さんでしたか?」

 音声に加えて、ズラズラとテキストも表示している。だいぶ失礼だな。今日は調子が悪いのか?

「古本屋としての、最適な並べ方についてアドバイスできます!」
 ズレたことを言いはじめた。

「違うから。俺が読まなそうな本をピックアップして、処分を手伝ってほしいんだけど」

「了解しました!」
 shioriが選別した本のタイトルがテキストで流れ始めた。

 3万冊あるんだから、時間かかるよな。俺はコーヒーを入れなおそうと立ち上がった。そのとたん。
「終了しました!」
「え?もう?」

「読みそうなものだけを抽出したので、すぐに終わりました!応答時間0.001秒。50冊ほどが該当しました。他の本は99.99%の確率で一生読まないでしょう」
「……」

 shioriは本の山の中から、選別した本を一瞬で隅に移動させた。そして3万冊ある本の山に、何か液体を撒きはじめた。嫌な予感がする。振り向いて俺の上着のポケットからライターを抜き取ると、その液体――たぶんこの臭いはガソリンだ――に火をつけた。

5/16/2025, 1:23:29 AM

光り輝け、暗闇で

 ――光の届かない場所。
 ここは深海である。暗い。全き闇に支配されたこの場所は、深海の中でも最も深い。深すぎて地球の裏側の海へと、実は通じているのだが、それを知るものはここにはいない。
 暗いので目を使う必要がなく、目を退化させ、無くしてしまった魚がいたり、暗すぎて生きていることを実感できず、全く微動だにしないため、石のごとくになった貝もいた。
 目が見えていても暗いので、ミメアは泳ぐたび、よくぶつかった。ぶつかっては、今のは何だったかなと思うが、考えたところでわからない。わからないことはすぐに忘れた。いいも悪いもない。その“何か”が食べられそうなものなら食べた。噛みついてみて、肉が旨ければ囓りとった。
 その逆もあった。主に上半身をやられた。だが、少しくらい肉を食いちぎられても回復できた。柔らかい上半身に比べ、下半身は硬かった。ダイヤモンド並みの強度を誇る鱗に相手の歯の方が折れることもよくあった。

 たまに、光るものが通ることがある。それは、チョウチンアンコウが頭にさげている電球だったり、クラゲがためこんでいる電気だったりした。それ以外ではスマホだ。
 ただ一度だけ、スマートフォンが深海に落ちてきたことがあった。防水性能の高さのなせる技なのか、水圧の影響を受けていないのか、ひしゃげもせず、ミメアの手のひらに収まった。
 明るい光を放っていた。暗闇に向かって照らすと深海の様子がよく見えた。

 ここが街なのだということを、ミメアは初めて理解した。石造りの建造物があちこちにあった。誰かが住んでいたと思われる跡だ。
 「こんなところだったのか、ここは。照らしてみないとわからないもんだな」と、ミメアは感心し、発見する喜びを知った。

 スマホは数日でバッテリーが切れた。ずっと使えるものだと思っていたので、ミメアはがっかりした。
 光がないと詳しく調べられないじゃないか、そう思った。
 だが収穫もあった。まわりの生き物たちの姿形がわかったのである。

 目の無い魚は気味が悪かった。目のあるべき場所がつるりとしていて、何もなかったのだ。それとは逆に、巨大な目が体の半分を占める魚もいた。なんだか怖いと思いつつも、ミメアは目が離せない。
 石のように見えるものは、石ではなくて貝だった。集団になってびっしりと固まっていて、まるで石畳の道を作っているようだった。
 ふにゃふにゃと漂うクラゲは、何かのはらわたのようにしか見えなかったが、やはりよく見るとクラゲなのだった。
 いつも気に入って腰掛けていた岩が、実はとてつもなく大きなイカの胴体だったのに気づいたとき、ミメアは飛び上がって驚いた。横たわった巨大なイカとはつゆ知らず、蹴ったり寝そべったりしていたからである。

 ミメアは光を欲しがった。
「待ってたってスマホが落ちてくるわけじゃないしな。アンコウを捕まえて従わせる?あの光じゃ弱いか。クラゲ、……アンコウより儚い光だ」
 真っ暗闇はつまらない。
 ミメアは発光体を探して泳いだ。スマホのように中に光りを蓄えてるものが欲しい。といっても暗闇なのだから探しようもない。

 海底が振動している。
 それは突然の出来事だった。
 深い深い海の底にあるマンホールが開いたのである。これは地球の裏側の海へと通じている通路のフタだった。
 数日前から泡をはき出し、カタカタと音を立てていた。深海のものたちは、ミメアを含め、誰も気がついていなかった。ただひそやかに、マンホールは向かってくるエネルギーを抑え込んでいた。それがついに、押し出す側の強い力が勝って、外れたのである。

 そこから光があふれた。
 まばゆい光であった。

 目の無い魚は、無い目で光を感じとった。体の半分が目で占められている魚は、まぶしすぎて目が潰れた。石のような貝は、照らされて、閉ざしていた殻を全開にした。長い長いイカは横から縦に体勢を変え、屹立した。はらわたのようなクラゲは、マンホールから吹き出す急流に抗えず、遠く広がる闇へと押し流された。
 ミメアは、この真っ暗な深海の全貌が照らされるのを目の当たりにし、何か計りしれないことが起きているのを察知した。それは世界の反転だ。暗闇が消えて、光が満ちる――。
 ミメアの瞳孔が開き、冴えたブルーの瞳が輝いた。沸き立つ興奮で、下半身を覆う鱗が虹色に変化していた。

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