手放す勇気
『手放す勇気』という本に影響を受け、俺はバーチャル空間にある自室の本棚を片付けることにした。なんとなく読もうと思った本を溜めこんでいたら、3万冊超になっていた。
本棚に収まりきらない本は、床に積み上げられるだけ積んである。一部崩れてドアが半分しか開かず、入室のたびに次こそ片付けようと思って早5年になる。
“スッキリとしたバーチャル空間が、心と時間に余裕を生みます。”
『手放す勇気』の一節にやる気をもらい、俺はAIアシスタントのshioriを呼び出すと、【3万冊の本処分します!ベストセラー本『手放す勇気』実践編】と題して、ライブ配信をスタートさせた。
テーブルがないので、とりあえず積み上がった本の上にマグカップを置いたら、本が崩れた。並々ついだコーヒーがもろに本にかかって、大惨事になった。そこにコメントがつく。
――はあ?バーチャルなんだろって?
いやいや、バーチャル空間にリアルさを追求するのが今どきなんですよ。説明求ム?え、なに?2045年以前からアクセスしてる人?まじか。だまってろ、今コーヒー拭き取るのに忙しいんだよ。
思いのほか、ライブ配信に人が集まっていた。悪い気はしない。
蔵書の公開も済み、選別に入る。ここに時間をかけるつもりはない。shioriに「読みそうにない本を手放そうと思ってるんだ。優先順位つけてリスト化してくれ」と話しかけた。
「わかりました!」
shioriは、積み上げられた本の上に座っていたが、ぴょんと飛び降りると、ぐるりと3万冊の本に視線を向けた。
「豊かな教養を身につけようと考えて購入した本ほど、読んでいない傾向が見られます。流行の本や話題の本、オススメされた本を購入するも、8割がた飽きて数ページ読むと忘れます。辞書の類、使用形跡皆無。埃まみれの本や、出版年月日が古い本、取り出した形跡皆無。そもそも読むというより、新しい本を追加しているようです。あ!わかりました。ここってもしかして本屋さんでしたか?」
音声に加えて、ズラズラとテキストも表示している。だいぶ失礼だな。今日は調子が悪いのか?
「古本屋としての、最適な並べ方についてアドバイスできます!」
ズレたことを言いはじめた。
「違うから。俺が読まなそうな本をピックアップして、処分を手伝ってほしいんだけど」
「了解しました!」
shioriが選別した本のタイトルがテキストで流れ始めた。
3万冊あるんだから、時間かかるよな。俺はコーヒーを入れなおそうと立ち上がった。そのとたん。
「終了しました!」
「え?もう?」
「読みそうなものだけを抽出したので、すぐに終わりました!応答時間0.001秒。50冊ほどが該当しました。他の本は99.99%の確率で一生読まないでしょう」
「……」
shioriは本の山の中から、選別した本を一瞬で隅に移動させた。そして3万冊ある本の山に、何か液体を撒きはじめた。嫌な予感がする。振り向いて俺の上着のポケットからライターを抜き取ると、その液体――たぶんこの臭いはガソリンだ――に火をつけた。
5/16/2025, 4:42:19 PM