卵を割らなければ

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まって

【手遅れ】

 骨になったけど蘇った。
 たぶん未練が成仏を妨げたんだろう。安らかな気持ちでいないと成仏はできない。お経はあげてもらったのだけれど、意味がわからなかった。意味がわからないものを延々と聞かされていてストレスがたまったのだと思う。まだ契約してるはずのサブスクの、マイベストリラックスと名前を付けたプレイリストの方が何倍も安らかな気持ちになれる。

 前置きはいいや。私が蘇ったのはお腹が空いたからなのだ。
 死んだとき、ほとんどものを食べれてなかったんだよね。ちょっと常軌を逸してたのだ。
 ダイエットにはまって、痩せれば痩せるほど美しくなれると信じていた。
 気付いたときには病院に運ばれ点滴を打たれていた。栄養失調だと言われた。点滴がよく効いたのかアパートには結構すぐに戻れた。

「あんた、骨と皮だよ」
 そう、入院先に迎えに来た母親から言われて、すっっごく嬉しかったのを覚えている。骨と皮かー。くくく。肉はいらないのだよ。
 母という人は、まるまると肥えていて、腕なんか丸太ん棒みたいで、同じ人間かと疑う。私はこの人から生まれたと信じ込まされているが、真実は他にあると思う。 母を見るたびそう思う。

 で、母を「もう大丈夫だから」と追い返し、いつもの生活に戻ったのだけれど、いつもの生活を続けると限度超えして倒れることは分かったので、少しは食べることにした。

 カレーを作った。これがいけなかった。おいしすぎたのである。
 母の料理上手を、知らず受け継いでしまったのだ。母に料理を習った覚えはないのだけれど、勘所というのかな、そういうのが私にはあって、うまくやれてしまうのである。
 ダメだよ、これ。
 食べたい。
 ここで食欲という本能が、いきなり私の中で息を吹き返したのである。
 今まで何の匂いにも味にも、特に興味を持てず、砂……?としか感じてなかったのに。
 皿に盛り付けた分はもう食べてしまった。なのに、もっと食べたいとなっている。

 風呂に入ろう。
 私は戦略的撤退をもって、天使と悪魔の戦いから身を引いた。
 その風呂場で、足を滑らせ頭を打った。体がふらついていたせいだ。 
 打ち所が悪くて私は死んだ。

 話が長くなったが、今の私は骨である 。骸骨である。火葬が済んで骨になったけど蘇ったのだ。たぶん未練が成仏を妨げたんだろう。安らかな気持ちでいないと成仏はできない。お経はあげてもらったのだけれど、意味がわからなかった……って、この話さっきしたか。
 
 アパートに帰ってきた。
カレーだよ。カレーを食べに蘇ったの。あるじゃん、カレー鍋。やったね。ご飯ご飯。
 お皿を取り出し、左側に白いご飯をよそい右側にカレーをかけた。カレーのスパイシーな香りが、蘇った食欲をそそる。
 いただきます。

 ――分かってたんだよ。
 骨なんだから。
 味が感じられるわけないし。香りは記憶が作った幻だし。それに内臓がないのにどうやって消化するつもりなんだよ。
 ――咀嚼したご飯とカレーが、そのままボトボトと落ちて、肋骨を黄色く染めている。

5/18/2025, 1:53:57 PM