卵を割らなければ

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まだ知らない世界

 私は公園を散歩している。新緑の季節である。
 行く手に木々の枝が重なり合い、日差しを遮っている場所があった。その緑陰で絵を描いている人がいる。
 ――何を描いているのだろう?
 その人の視線の先にあるのは、背の高い木に、芝生に、白いベンチ。白いマーガレットが咲いていて、その向こうには池がある。

 ――はあ。ベンチ描いてるのかよ。座れないな。
 幸い、近くに他のベンチを見つけて腰をおろした。本を開く。
 ――ひきこまれた。この前半から、まさか恋愛、それも成就へ向かうとは思わなかったな。にしても後半のリアリティー。知ってる世界を書いただけのことある。こなれてる。
 おもしろかった!!

 私は帰りがけに、絵を描いている人の後ろを通り、キャンバスをのぞいてみた。
 ――風景描いてたんじゃなかったのかよ。
 そこには木もベンチも花も描かれてはいなかった。その代わりに……。
 文字、が書いてあった。

 ――見てはいけないものをみたような気がする。
 その人は、私のまだ知らない世界を描いていた。

5/17/2025, 12:46:18 PM