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7/3/2023, 3:30:33 PM

ー この道の先に ー

この坂を越えたら君に会える。
私は学校へ行く際毎回そう思ってしまう。どうしようもないほどに大好きな彼女に会うためであれば坂など軽いと思えてしまう。
私は「友人の女」である彼女に恋をし、会うことを願いながらこの坂を毎朝登るのだ。私の胸は毎度チクリと痛む。だが、それでもこの思いは留まることなど出来ない。
人は愛の前では無力である。

私は時々後悔する。
友人と彼女との縁を繋ぐ手伝いをしたことについてだ。そして、後悔してすぐ後悔したことを後悔するのだ。私は友人と彼女が別れれば良いと思ってしまう。だが同時に別れず今のまま幸せに暮らして欲しいとも思ってしまう。
私の心は矛盾を抱えたまま、結論のつかぬ道をぐるぐると回り続けている。
ぐるぐる、ぐるぐる。
馬鹿みたいに、自身のしっぽを追う犬みたいに、私はいつまでも迷い続けている。
人は非合理的である。
生物としての考えを優先するのならば、友人の女であろうと奪い取ってしまえばいいのだ。
そして彼の目の前で彼女の体を心を奪ってしまえばいいのだ。
生物界で見てしまえばそんなこと、些細なことである。よくあることであるのに何故か人間はそんなことが出来ないのだ。
人間は実に馬鹿である。
私も同じ馬鹿である。

6/28/2023, 2:25:22 PM

ー 夏 ー
逃げ出そう と彼女は言った。
僕はそれに黙って頷き 走り出した。
それは蒸し暑い 夏の事だった。
この出来事は ぱっと思いついただけの子供の遊びだったけど 僕らにとっては 決心のひとつで 選択のひとつで 逃げ出せないことの証明だった。

事の始まりはこの日の前日からだったと思う。
僕らは いつも通りに学校に行き いつも通りに学び いつも通りに帰ってくる。
その日は 帰りに少し寄り道をすることにした。
もちろん そんなに長い時間じゃない。
きっと 数十分 くらい。
1時間はたっていなかった。
お互いに 離れるのがなんだか寂しくて もう少しだけ と欲張っただけだった。
次の日の彼女を見て 僕はそんな欲など捨ててしまえばよかったと思う。
彼女の親は 近所では少し有名だった。
噂では 虐待をしているとか。
僕は 元気でよく笑う彼女と 虐待 という言葉が上手く結びつかず そんなものはただの虚言だろうと思っていた。
だけど その日の彼女は 顔を腫らし 足は鮮やかな痣で彩られていた。
その日 学校で彼女に話しかけるものはいなかった。
それでも 僕らは一緒に帰った。

無言の中、彼女が口を開く。
「別に 君のせいじゃないよ。ただ 少し虫の居所が悪かっただけ。慣れてるの。こんなの。だって。子供は 親の 玩具で 操り人形で サンドバックで 所有物だから。こんなの 別に平気だよ。だから 気にしないで。」
僕は 震える手で彼女の手を握った。
彼女は少し驚いた顔をした後 少しだけ 力を込めてくれた。
僕らは そのままお互いの家へと帰っていった。

彼女から連絡があったのはその数時間後。
【昨日の公園へ来て欲しい】
とだけ表示されたメッセージを見て 僕は公園へと走り出した。
すぐ飛び出したのにも関わらず 彼女は 僕よりも先に公園にいた。
「こんな時間に呼び出してごめんね。用事はないの。なんでもないの。でも あの家にいたくなくて。でも 誰かのそばに居たくて。ただそれだけなの。少しだけ 少しだけでいいから。わたしの相手をしてくれない?。」

僕らは他愛もない話をした。
彼女の痣を見ないように。
彼女の涙に気づかないように。
僕は細心の注意を払って。
そろそろ帰ろうか と彼女は言った。
僕は そうだね。 と答えた。
公演を出る時 小さな声で 逃げ出そう と彼女は言った。
その言葉を聞いた瞬間 僕は彼女の手を掴み 走り出した。
2人きりで走る夜の街は 寂しくて 暖かくて 今でもずっと 覚えている。
走って 走って 。
疲れた頃には 2人で笑いながら また走った。
笑って 笑って 走って。
僕らは警察に補導された。
僕らは それぞれの家に帰らされた。

次の日 彼女は学校へ来なかった。
次の日も 次の日も ずっと。
僕は 彼女の家の前を通る度に悲鳴が聞こえる気がした。
彼女の 鮮やかな痣と 一緒に。

朝 父の読む新聞をチラッ見たとき 大きく 少女の死亡 と書かれていた。
僕はそっと新聞を捨て 彼女の家の前を通るのをやめた。

6/27/2023, 5:20:36 PM

ー ここではないどこか ー

僕らは まだ ただの 幼い子供だった。
自分のあまりにも小さい力で なにかを変えることなど出来ない ただの 子供だった。
僕らがそれに気づいたのは きっと 他の子たちよりずっと早かったと思う。
いや、早かったから良くなかったのだとも思う。
僕らは ずっと 何かを変えたいと思ってた。
何か ヒーローのようなものになりたかった訳では無い。
でも なにかを 漠然としたものだけど なにかを 変えたかったんだ。

僕らの出会いは 小学5年生。
同じクラスで 席替えをした時にたまたま隣の席になった。それだけだった。
きっと 好きなアニメの話とか 次の授業とか そんなどうでもいい話をしていたら 自然と仲良くなっていたんだと思う。
ある日が来るまでは 僕らはただの友人だった。
僕らの関係が大きく変わったのは 高校2年の時だ。
お互いに 体も大きくなり 趣味も 部活も 違くなり 前ほど同じ方向は向いていなかったと思う。
でも 小学生の頃からの 相棒 はやはり息が合うし 一緒にいて心地いい。
僕らは なぜか そんな日常は壊れないものだと信じていた。

夏休み真っ盛り。
僕は部屋で1人クーラーの下でくつろいでいた。
電話が鳴る。
僕が 高校生になってから親に買ってもらったスマホから相棒の名前が表示される。
通知は学生ならみんな使ってるチャットアプリからだ。
今から公園に来れない?
待ってる。
と。
今日は特に用事もないし と思い 「ちょっとまってて。」 と返し服を着替えた。
公園のブランコにあいつはいた。
いつの間にか ズボンではなくスカートを好んできるようになっていたあいつがいる。
あいつは僕の存在に気づいて手を振ってきた。
「急に呼び出して なんだよ?」
「来てくれてありがと。」
あいつは笑いながら答えたが 少し笑顔がぎこちない。
「あ、喉渇かない?自販機でなにか買おうか」
「最近は暑いからやになるよねー。」
「休日なのに家に籠ってないで外に出なさいってお母さんがさー。」
などと 到底呼び出すに値しないような雑談をする彼女に 僕は痺れを切らし聞いた。
「呼び出した要件は?まさか何もないとかではないよな。」
暑さのせいか 苛立ってしまい 語尾が少し強くなってしまった。
あ、えっと、などと狼狽える彼女は 覚悟を決めたようによし。といい こちらをしっかりと見る。
「わたし 転校するの」

「親の都合で 県外に ここは遠いからそっちの高校に行くんだって。今 ちょうど夏休みでしょう?だから 夏休み中に向こうに行くの。本当はもっと前から決まってたんだけど 自分でも こころの整理が 出来なくて。」
徐々に顔が下がる彼女を目の前に 僕は言葉が理解できなかった。
転校 親の都合 夏休み中 など 言われた言葉が頭の中で渦を巻き まとまってくれない。
か細い声でそっか。と呟いて それからは何も覚えていなかった。
気づいたら家に向かってて 隣にも後ろにも彼女はいなかった。
どんな話をしたのか どう帰る流れなったのかも分からず それどころか どれくらい時間が経ったのかさえわからなかった。
夜ご飯も喉を通らず 数口でご馳走様をし 母に心配された。
ずっと 隣にいたのに。
ずっと隣にいたから あいつがどこかに行ってしまうことが わからなかった。
あいつがいなくなるなんて 考えたこともなかった。
ベッドの中で あいつのことを考え いつの間にか眠ってしまった。

次の日 あいつから連絡が来た。
「残り少ないから 一緒にパーッと遊ぼう!」
あいつの名前を見ると なぜだか心が痛くなるから なぜだか涙が出そうになるから そんなメッセージはみ無かったことにして また 眠りについた。
僕は結局 あいつが引越しをする当日まで なにも返せないでいた。
あの日から あいつから メッセージは来ていない。
このままでいいのか と心の中でざわめく。
相棒なのに 一緒にずっと居たのに 。
好き なのに。

そう思った瞬間 僕は寝巻きなことも忘れ 家から飛び出した。
あいつの家のインターホンを押す。
ガチャり と扉が開き あいつが顔を出した。
「…どうしたの?突然。」
「今日 行くんだろ。だから 会いに来た」
「てっきり 避けられてたのかと思ってた。」
会いに来てくれて嬉しい。 と笑いながら答える彼女に 僕の心は暑く 痛くなる。
「お前が好き。」
彼女は目を見開き まるで鳩が豆鉄砲を食らったように口を開いていた。
「だから また 会いに行くよ。どこでも。お前に会いに。県外だろうと。どこでも。」
ははっと彼女は笑った。
まるで世界で1番幸せなように。
「私も好き。だから ずっと待ってる。」

あいつは引っ越した。
勉強があまり出来ない僕では 聞き馴染みのない名前の県へと 。
多分 ここから遠いところへと。
夏休みが終わり あいつが引っ越したことが朝のホームルームで告げられた。
僕は窓の外を見ながら ここではないどこか にいるあいつに会いにいくための予定を 頭の中で組み立てていた。

6/26/2023, 3:27:47 PM

ー 君と最後に会った日 ー

僕は 彼女と初めてあった日のことを まるで昨日のようにありありと思い出すことが出来る。
それは 暑い夏の日。
セミの鳴き声と どこからか聞こえる子供の声と 太陽の悲鳴と。
それに満ちた日であったことを 僕は脳の隅から隅まで しわ一つ一つまでに記憶している。
僕は 子供の声を浴びながら 公園のベンチに座っていた。
高校生だった僕は かつて自分も通った時代である 小学生 という姿にある種の憧れを抱いていた。
今どき 高校生が こんな時間に鬼ごっこをしていたら きっと頭を疑われてしまうだろう。
彼女はそんな時に現れた。
僕が そろそろ。と腰を上げようとした時だ。
「きみは 鬼ごっこが好きなの? それとも 小学生が好きなの?」
いつの間にか目の前に立っていた少女は僕に聞いた。
「変なレッテルを貼らないで欲しいな。ただ ぼーっとしていただけだよ。」
ふーん。とつまんなさそうな声を上げ 彼女は隣に座った。
「ねぇ。今ひま?暇ならわたしと遊ぼうよ。」
「暇じゃない。」
そっか。と落胆の声を上げ 彼女は席を立つ。
「多目的トイレ。そこを開いてみて。これはわたしの お願い。」
もちろん。そのまま帰ってもいいよ。
僕は 変な少女の言葉を無視し その場を離れた。
ふと。何となく ただ 本当になんとなく。
後ろをふりかえった。
先程までいた彼女の姿はもうなく そこには子供の声のみが響いていた。
僕はどことなく溢れる違和感を胸に 家に帰った。

夕食時 テレビをつける。
ニュースです。と喋るニュースキャスターと その隣の少女の写真。
僕は 違和感の正体と 彼女の願いの意味を理解した。
あんな暑い日に 目の前に立たれたら 影で分かるものだ。