夢路 泡ノ介

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1/10/2024, 2:08:50 PM

若さと老いを区切る一つの線。
緩やかに始まり、静かに衰えてゆくもの。
一つの生として死に辿り着くまでの長旅。
我々は摂理のなかにいる。
それは神意がそう定めたと、至極確かとはいえない。
確実なのは、誰しもが必ず節目を迎えることである。
どれだけ心が幼かろうが、躯は厭でも育っていく。
誰かが作った通行儀礼で、そういうものだと強調する齢を、多くの人間が経験するのだ。

【20歳】

1/10/2024, 12:18:00 AM

群青に浮かぶ遠い灯。
人智が触れた白い星。
暗い彼方から覗く顔。
夢路へと導く淡い時。

【三日月】

12/11/2023, 11:10:44 AM

ごまかすのは得意だ。
どんな時だって、ギリギリだろうがポーカーフェイスにすぐなれる。
嘘偽り上等さ。死ぬまで貫けられる。
今日だって友達とカフェでこんな話をしたんだ。人間は嘘をつく時に、顔のどこかを無意識に動かしてしまう、って。
目は口ほどに物を言うとは聞く。顔のパーツに関してなら、目元や鼻をひくつかせたり、じっと見つめるなどがある。
素直な奴は笑いを堪えきれない。嘘へのちょっとした罪悪感や、好奇心から来たりするし。
そうして俺がいろんな発想を言葉で並べてると、友達は突然こう言い出したんだ。
「幽霊はどうなんだろう、あいつら感情あるのかな」
微かに間をおいて、どうだろうな、と返した。
霊的には、持っている念の色次第で感情が異なると耳にしたことがある。特に赤色は攻撃的な意志を表すのだそうだ。だから絶対に離れろ、と言われてる。
過去にちょろっと読んだ本の内容を脳裏に浮かべつつ、
「幽霊が嘘をついてくるなんて話は聞いたことがない」
と、前例なしを挙げて現実ワードで返した。
「ははっ、そうだよね。僕らは見えないから証明しようがないもん。でもあったら面白いと思うんだよな」
「まあな」
少し楽しげな彼に短く相槌を打った。
まあ、俺もそういうのに偏見はないし乗れるから別にいいけど。そう言われると、見てみたさはちょっとだけある。
関心がうつった俺は冷めないうちにと、机に置かれたコーヒーカップを手にとり、縁に唇をつけた。
ふと友達を見る。
友達はプレートの上にあるチョコレートケーキをフォークで食べている。昔っから甘党だ。そういうのにはすぐ夢中になる。
そして何となく、後方に視線を移した。
テーブル席で一人の男が背筋を伸ばして座っている。
黒い背広姿だ。リーマンだろう。仕事の合間の一休みといったところか。
だけどブリーフケースが見当たらない。手ぶらでこのカフェに来たのかよ。真面目なのか自由なのか分からない人だ。
そう思っていたら、男がゆっくりと俺に振り向いた。
血色のない肌だった。
両目が真っ黒に染まっている。
大口を開けて笑顔を見せてきた。
「......確かに思うわ」
俺は平然と言葉を付け足して、コーヒーを啜った。

【何でもないフリ】

12/9/2023, 2:39:44 AM

素直になれない事はある。
そしてどれだけ悔いても、言えなかった頃には戻れない。
言葉を交わす傍らに、脳裏に散らつく言葉が浮かんでも口にする事を憚った。
感情は霧に包まれ、次第に濃くなり、そして伝えずじまいで留まった。
頬を濡らしても時は戻らない。
冷え切った肌に触れても、振り向かれる事もない。
黄斑した身体に心は乱れ、慟哭した。
寝顔は安らかだった。苦しみから解かれただった。
だけど淵の底へと沈みゆく心には、あまりに強すぎた。
だからこそだ。
届かなくてもいい。返ってこなくてもいい。
二度も繰り返して悔いるなら、今この場で伝えよう。
一生触れられなくなる前に、震えた声で耳元で告げた。

【ありがとう、ごめんね】

12/4/2023, 11:35:10 AM

無人。静音。
どこか懐かしさを覚える空間。
孤独。呆然。
空虚と色彩の世界に立つは彼のみ。
この間までは誰もがいた。
誰もが歩いて、誰もが喋っていた。
ありふれたはずの時が奪われたように、日常という栄華は無に帰していた。
地上にはコンクリートで聳え立つ見慣れた柱ばかりである。
灰と白の世界。快晴広がる青の下。
既知とは疑わしきものに非ずと人は識っている。
だが、その狭間に込められた何かに彼は混乱している。
現(うつつ)ならば痛みも覚える。己の頬をつねればすぐに分かる。
彼はその通りに行った。なおも世界は眉一つも動かさない。
瞼を閉じて意識を整え、瞳にこの世の色を映した。
変わらない。強いて差すなら、微風が身を透して過ぎっていることだった。少しの肌寒さを覚える。

彼はひたすら歩くことを選んだ。
側からは心在らずと見えんばかりに進むのみ。
誰もいないのに、気配がする。錯覚か否かを定めるよりも強く惹きつける感覚が心を引っ張っている。
それでも歩むのを決して止めない。
答えを求める亡霊の如く、変わり映えしない石の森を進んでいく。
聞こえてるのは足音と微かな吐息。全ては己から発するもの。
彼には不思議と安堵を覚えた。自分はまだ生きている。ここは知っているようで知らない場所だと理解している。
痛みがある限りは我ここに在りと正しく自覚できる。自分を歪みなく識るための常套手段。
どれほどの路を長く踏んでいったのか。彼の足裏に疲れが表れる。
時間を確認する術すらないのに、本能的に知ろうとした自分に溜息をついた。
それを超える、帰りたいという本能が心を徐々に焦らしている。
ここがどこなのか知りようがない。
物は識っていても、そこに未知が混じると人はたじろぐ。
喜々、魅了、だがこれらに届かない恐怖という冷気が心の熱を奪う。
彼の心は凍てついてきている。温もりとなるものが見受けられない。世界は放浪者に厳しく、何も言わずに試練を押しつけた。
帰りたい——。
一心だったものに滲む言葉。
平常は己からとうに失せた。込み上がるものを抑えるのも時間の問題だった。
昨日までの当たり前は置き去りにされた。そして彼はこの世に放り出された。
次第に疑わしき既知を欲し、それがかえって首を絞めてしまった。
——そして彼は、口を衝いて出た。

唐突に立ち止まった。
眼前にあるのは朱色のカーストアイアン。北米で見られる建築様式の一つ。
出入り口を嵌めているのは木の扉。号室へと続く普通の扉。
彼の心に熱が生まれた。安堵の寝ぐらにたどり着いたのだ。
——あれ。
逸る気持ちに従うままに、見慣れた扉に近づいた。
——何か忘れている気がする。
慣れた手つきでドアノブに右手を差し伸べ、そのまま掴む。
——まあいっか。
確信を持った自分がいる。疑念なく開けようとする自分がいる。
全ては安心したいがため。恐怖という痛みを忘れるため。

彼は、躊躇いもなく右に捻った。

【夢と現実】

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