夢路 泡ノ介

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7/9/2025, 11:20:06 PM

深い海の底。陽が朧げに差す世界。
人智では届かない領域のはずなのに、どこかから誰かが呼んでいる。
どこを見渡しても仄かに暗く、人の身では生きられない空間。
なのに声の主は姿なく、なのに声の色に棘はない。
なにとなく懐かしく、しかし呑まれてはいけない気がしてならない。
きっとそれは海よりも深い、この世ならざる場所を引き込もうとしているのか。

***

ここで産まれてからどれほどの年月が経ったのか。
悠久といっても、それほど豊かなものではない。
それもそのはず、この海の底は命の果てに似ている。
悠々と漂っていた彼らが行き着く場所。誰も訪れない墓所。
そんな底に私はいる。だからこそ、見知らぬ貴方がやって来た。
声をかけても気づかれない。何せ、私は姿を失っている。
だけど声はある。心に伝播する声はある。
だけど貴方は振り向かない。訝しく見渡している。
どうか気づいて私の心。遠い場所に置き去りにされた貴方の心。
もう一度、私に触れてほしい。
その瞬間から、貴方はもう迷わなくなるはずだから。

【届いて......】

6/25/2025, 10:26:14 PM

両手で掬い上げたすべてが溢れてもなお残る柔らかな灯火。
これを小さな愛と呼ばずして何と称するか。

【小さな愛】

6/19/2025, 10:39:59 PM

潤す空の香りが漂う長い刻。
身を濡らして俯くと、波紋が際限なく広がる水面が目に入る。
点々とした空の涙が打ち付ける表情は、陰り、湿っぽい。
それは一過性の恵み、一過性の愁情。鼻につくだけで、心まで萎れそうだった。
だが、それも長くはない。
隔てられていた一筋が差し、次第にその憂いは向こう側へと追いやった。
なおも尾を引く気持ちを込めてか、灰色の群れは最後の大粒を零した。
昇る景色を朧げに映し、そして水面に滴った。
波紋を大きく描いたあとの鏡は、清々しく青かった。
いずれの再来を過らせる残り香を跡に刻んで。

【雨の香り、涙の跡】

6/3/2025, 4:20:50 AM

雨滴で濡れる今日だけは、
僕と貴女で、番傘のなかで巣を作る。

【傘の中の秘密】

5/16/2025, 4:53:54 AM

堕ちてなおも気高さがあらば、
暗い底にて煌めく瞳は王の威に似るかな。
たとえそれが魔の者であれど、
人を想う心を持てば、
死の奥まで輝きをもたらすだろう。

【光輝け、暗闇で】

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