深い海の底。陽が朧げに差す世界。
人智では届かない領域のはずなのに、どこかから誰かが呼んでいる。
どこを見渡しても仄かに暗く、人の身では生きられない空間。
なのに声の主は姿なく、なのに声の色に棘はない。
なにとなく懐かしく、しかし呑まれてはいけない気がしてならない。
きっとそれは海よりも深い、この世ならざる場所を引き込もうとしているのか。
***
ここで産まれてからどれほどの年月が経ったのか。
悠久といっても、それほど豊かなものではない。
それもそのはず、この海の底は命の果てに似ている。
悠々と漂っていた彼らが行き着く場所。誰も訪れない墓所。
そんな底に私はいる。だからこそ、見知らぬ貴方がやって来た。
声をかけても気づかれない。何せ、私は姿を失っている。
だけど声はある。心に伝播する声はある。
だけど貴方は振り向かない。訝しく見渡している。
どうか気づいて私の心。遠い場所に置き去りにされた貴方の心。
もう一度、私に触れてほしい。
その瞬間から、貴方はもう迷わなくなるはずだから。
【届いて......】
7/9/2025, 11:20:06 PM