いちかわ

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11/9/2023, 5:39:23 AM

今になって思い至ったのだけれど、どうやら俺はあの人の事が好きだったらしい。
向こうはどうだったのかは知らない。

あの人の手の温かさや俺の名前を呼ぶ声音をもう感じられないのだな、と思ったら身体が半分無くなってしまったみたいに自分の存在が空虚になってしまった。俺が俺であると言うただそれだけの事がこんなに難儀な事だとは知らなかった。
考えてみればずっとあの人はここにいたのだ。俺の胸の真ん中に大きな顔をして居座っていたくせに、いなくなってしまうなんて酷い事をする。

もっと早くに気がつけば何か変わったのだろうか。何も変わらなかった気もする。
まあ今となっては全て意味がないことだ。


『意味がないこと』

11/7/2023, 12:26:08 PM

顔は似ていないと言われる。食べ物の好みもちょっと違う。
読書が好きなところは同じ。貧乏性なところも。
血の繋がりなんてなくたって、ずっと一緒に暮らしているんだから似てくるところもあるよね。

でもやっぱりあなたとわたしは全然違って、きっとあなたはどこか遠くに行ってしまうのだと思う。
それでも私は貴方が大事。たった一人の弟だもの。

『あなたとわたし』

11/6/2023, 12:45:26 PM

霧雨がしっとりと身体を濡らしていく中、傘を持たずに佇む俺の毛先からぽとりと小さな水滴が落ちる。
もう少し強く降ってくれないと困るな、と軽く空を見上げたけれどむしろ雲の合間からは光が射してきた。
頬を伝う水滴は雨粒よりもずっと大きくて、これでは誤魔化せやしない。

あんたにこれ以上心配かけたく無いんですけど。これで俺はちゃんとやってますよ、なんて言っても信じてもらえないですかね。

聞こえない返事に苦笑して、冷たい石にそっと口付けた。

『柔らかい雨』

11/5/2023, 3:02:29 PM

それは地獄に差し込む救いの光。

貴方の差し伸べたその手は救いであり、破滅への幕開けでもあった。
それでも何度でも俺はその手を掴みに行く。貴方の存在そのものが、俺の人生を照らす真っ直ぐな光だから。


『一筋の光』

11/4/2023, 11:00:00 PM

美しい男が長い睫毛を伏せて、唇から小さな溜息を漏らした。大きな背中を少し丸めた彼がコートのポケットに手を突っ込んでとぼとぼと、枯葉舞う煉瓦の道を歩く様に道ゆく女性たちが頬を染めて振り返る。
きっと彼の様子に何かあったのだと、慰めてあげたいなどと思っているのだろう。

お生憎様。その人、限定30箱のスイーツ買えなくて拗ねてるだけですから。
本当に可愛い人。


『哀愁をそそる』

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