【終わらない物語】
目が覚める。
物語は終わらない。
たとえ君が笑いかけてくれても。
目が覚める。
物語は終わらない。
たとえ君とラインを交換しても。
目が覚める。
物語は終わらない。
たとえ君と付き合えても。
目が覚める。
物語は終わらない。
たとえ君と喧嘩しても。
目が覚める。
電話が鳴る。
信じられない知らせが耳を劈く。
物語は終わらない。
目を閉じない。
祈るように床を見つめる。
薬の匂いがツンと鼻を刺す。
物語は終わらない。
目が覚める。
涙の跡で頬が冷たい。
物語は、
物語は終わらなかった。
たとえ君が最期を迎えても。
どうしたら、
こんな物語にならないで済んだのだろう。
fin
詩っぽいですね…
【やさしい嘘】
「お母さん、澪お姉ちゃんからお手紙きてる?!」
「来てるわよ」
「やったあ!読むからちょうだい!」
小学生の頃私は、毎日口癖のようにそう言っていた。
お母さんから封筒を渡されるや否や封を切って、貪るように文字を追う。端正な字がパステルカラーの罫線に良く映えていたのを覚えている。
『みうちゃんへ お手紙ありがとう。』
手紙はいつもこう始まっていた。当時高校生だったのにも関わらず、彼女は小学生の流行や話題の理解度が高かった。それでいて“JKライフ”を綴ってくれるので、私はウキウキしながら読んでいた。今思えば、相当頭が良かったのだろう(文才があったのだ)。
『部活仲間でプリクラを撮った』『文化祭で屋台を出した』なんてエピソードに憧れを持ち、『制服はどんな感じ?』『先輩はかっこいい?』なんて質問をしまくったはずだ。10歳年上のいとことの文通は夢があって楽しくて、都道府県を習ったときに住んでいる場所が離れていて絶望した(四国だった)。幼稚園の時に会ったことがあるらしいが記憶になく、電話越しの少し低めの声しか知らなかった。
だから今日を、すっごく楽しみにしていたのだ!
中学生になってから初めてのお正月。私は祖父母の家のこたつで、そわそわと玄関を伺っていた。お父さんとお母さんは、お寿司やらチキンやらを取りに出かけている。
澪お姉ちゃんは今年から社会人になって、東京で働いているらしい。大学も東京だったから会いたかったけれど、コロナやらインフルエンザやらで会えなかったのだ。
「そんなに澪に会いたいかね」
「そりゃそうだよ!ほとんど初対面なんだから」
おじいちゃんに返事をすると、おばあちゃんがくすくすと笑いながら言った。
「きっと大騒ぎね」
大騒ぎって!子供じゃないんだから…。
呆れていると、ガラガラと扉が空く音がした。
「こんにちは〜澪です〜」
澪お姉ちゃんだ!
飛び出したい気持ちを抑え、あくまで落ち着いて出迎える準備をする。馬鹿騒ぎする子供なんて思われたくない。
と、襖が開いて人が入ってきた。
「おお、久しぶりだなあ澪」
「ほんと、少し見ない間に大きくなったわねえ」
「明けましておめでとう、おじいちゃん、おばあちゃん」
会話が行われる中、私は口をあんぐりと開けていた。
白い肌にぷるぷるの唇、眼鏡越しでもよく分かる長い睫毛。ここまでは“お姉ちゃん”と言っても過言ではない。
しかし、洋服を着ていても分かる肩幅や短い髪の毛、何より長い首にある喉仏が、私を混乱させていた。
「明けましておめでとう、美羽ちゃん。今まで嘘ついててごめんね。やさしい嘘ってことで許してくれないかな」
つまり、幼い私は「みお」という名前だけで女の人だと思って手紙を書いて、それに彼女、いや彼は7年間合わせてくれていて…
「ええええっ!?」
私は案の定、大騒ぎする羽目になった。
fin
【瞳を閉じて】
昔から妄想が好きだった。小説を読めば自然の映像化が行われ、行ったことのない場所や普段出来ない体験を脳内で堪能していた。ベットに入り瞳を閉じれば、夢を見る前から既に夢が始まっていた。
しかしこの癖が、今現在悩みの種と化している。
「はぁ〜お似合いだもんなぁ〜。あれは確定だもんなぁ〜」
何度目か分からない寝返りをうって、薄暗い天井をぼんやりと見つめる。瞳を閉じなくとも例の光景が浮かび、閉じれば捏造された映像がどんどんと溢れてくる。いつの間にか時計の針は進み、未だ眠りにはつけていなかった。
例の光景。それは、片想いをしていた先輩が女子生徒と一緒にいる光景である。女子生徒はよりによってうちのクラスの一軍で、ギリ二軍ぐらいの私からすればキラキラ輝く遠い存在だ。先輩は物静かで読書好き(私調べ)だが、案外ああいう明るい子がタイプなのかもしれない。それに整った顔が2つ並ぶと、何ともお似合いだったのだ。
「う〜。告白すればよかったかなぁ〜」
2人はきっと、おしゃれなカフェでデートをする。先輩が文庫本に夢中になっているところに彼女が現れ、「小説よりあたしのこと見てよ」なんて台詞をぶちかます。大きなパフェだってシェアすれば美味しくいただける。いちごを頬張る彼女を先輩が愛おしそうに見つめて…
「ああっもう!」
妄想してるこっちが恥ずかしくなるじゃないか!!
と、親友からメッセージが届いた。親が厳しいはずだが、まだ深夜ではないためスマホを触れるのだろう。見慣れたアイコンをタップすると、衝撃的な文字が飛び込んできた。
『あの子、先輩の妹だって!』
妹…、いもうと!?
『勘違い!?』
急いでテキストを打つと、頷きのスタンプが返ってきた。
な、なんだぁ…。
盛大に胸を撫で下ろすと、途端に睡魔が襲って来た。
瞳を閉じて浮かんできたのは、美形兄妹が仲睦まじくパフェを食べている姿だった。
fin
儚い系が書きたかったけど、たまにはこういうのも。
【あなたへの贈り物】
ピロン、と通知音が鳴る。
見ると、「今日の予定」と題されたタスクが表示されていた。忘れたいのに設定されているのは、多分僕の未練だと思う。
『誕生日おめでとう』
そこまで打って、全部消した。メッセージアプリを閉じる。もう終わった関係なのだ。今さらおめでとうも何もない。
なんて、冷めた考えが出来たらどんなに良かったか。
机の上には、2ヶ月前から準備していたプレゼントが置かれている。綺麗にラッピングされたそれはマフラーで、白い肌が引き立つよう紺色を選んだ。
僕はそれを、どうすることも出来なかった。
君がくれた誕生日プレゼントも、あげたプレゼントも、全て覚えている。もらったものは今でも大切にしているし、君だって大切にしてくれていたはずだ。
「馬鹿だなあ」
呟いても、そんなことないよと慰めてくれる優しい声は返ってこない。その事に今さら寂しさを覚え、頬が濡れた。
「ごめんね。…徒情けだったみたい」
忘れて、と言った君は美しくて、儚げだった。徒情けなんて言葉を知っている博識な君が、僕は大好きだった。
「ふざけんなよ、僕は…僕にとっては恋衣なのに」
あの時言えなかった本心が、一人きりの部屋に響く。
この気持ちもあなたへの贈り物だと言えば、君は笑ってくれるだろうか。
fin
徒情け…その時限りの気まぐれな恋
恋衣…心から離れない恋
※知りたいこと図鑑/みっけ 参考
【羅針盤】
※微薔薇注意
大航海時代、羅針盤はとんでもない発明品だったんだろうなと、本を閉じながら思う。得意教科の社会に結びつけてしまうのは、長年の癖だ。表紙に描かれた少年は主人公で、父からもらった羅針盤を頼りに航海をする冒険物語だった。ラストは感動的で、思わず涙腺が緩んだ。
柔らかな西日が心地良いここは、目の前で眠る先輩の家である。一人だと寂しい夜もあるからと零した時に、じゃあ泊まりたいですと申し出たのだ。
先程まで熱心に数学の問題を解いていたはずが、今はすーすーと寝息をたてている。少しはねた髪先とズレた眼鏡が、どこかあどけなさを感じさせた。
「無防備すぎでしょ」
同性の後輩とはいえ、何をしでかすか分からない。そんな警戒心など微塵もないのであろう寝顔は、可愛いとしか形容出来ない。
出会った時から、ずっと憧れだった。
誰にも負けない頭脳と観察眼。運動は苦手だけど身長は高い。誰にでも優しくて気配りが上手。大人びてるのに虫が怖い。笑うと目尻がきゅっと下がる。唇を噛む癖がある。
先輩のことを訊かれれば、いくらだって答えられる。同じ高校・大学に入ったのも、追いかけていたからだ。
その憧れが、最近になって違う感情だと気付いた。
先輩の全てを知りたい。俺だけが知っていたい。それはもう、純粋な羨望ではないだろう。
「先輩」
閉じられた目を見つめて呟く。
「貴方は私の、羅針盤です」
いつかその白い肌に触れることを夢見て、俺はコーヒーを淹れに立ち上がった。
うっすらと目を明けた先輩が、「今のは告白なのか」と混乱しているのを知らずに。
fin