【明日に向かって歩く、でも】
「おはよ」
挨拶に顔を上げる。おはようと返す。
今日も君の頬には、大きなガーゼが居座っている。サラサラと揺れる黒髪が、余計痛々しさを際立てている。
当の本人はふにゃりと笑みを浮かべ、僕の前に腰掛ける。
「進路、今日までだっけ」
僕の手元を見ながら尋ねる君に、そだよと返事をする。
「へぇ、彗星高校!いいじゃん、頭良いもんね」
「頭良いのはお前もだろ」
自分のことのように喜ぶ君に、僕は思わず言い返す。えへへと笑う顔を見て、しまったと思う。
その手に握られた紙には、丁寧な字で「就職希望」と書いてあった。
「…ごめん」
「あ、これ?いいよ気にしなくてー!てか彗星高校、文武両道だからさ、持久走とかやるみたいよ」
「うへ、それはやだな」
でしょーざまみろーと明るい声が響く。
「頑張ってね」
その言葉は、どんな応援よりも胸に響いた。
「ありがとう」
とりあえずほっと胸を撫で下ろし、僕は提出のため教室を出た。
*
「お前、今回も1位?すげぇな」
「さすがだね!憧れるなあ、私もとりた〜い」
「先生も、担任として誇りに思うぞ」
定期テストが返ってきた。これで何度目の1位だろうか。とはいえ、僕としては数学のケアレスミスが悔しい。得意教科なのにー僕と、君の。
毎日の勉強も、部活も、持久走も大変だ。高校生活は思っていたよりずっとハードで、嫌になることも多い。
でも、
「頑張ってね」
あの日、君がかけてくれたこの言葉を忘れてはいけないから。僕が君の分まで、全力で乗り切ってやる。
もしかしたら君は、明日に向かって歩くことが辛いかもしれない。
でも、
僕もずっと応援してるから。
「頑張れ」
fin
【ただひとりの君へ】
「僕なんて」
始まった、と思う。もう5年の付き合いになる親友は、極端な自虐をすることが多い。同級生の活躍を聞いた時も、屈託のない笑顔で遊ぶ子供を見た時も。
まあ、それが彼の性分なんだから仕方ない。俺からしたら彼は本当にすごいと思う。金縁の眼鏡は某世界的魔法使いに次いでよく似合うし、ずば抜けた発想力もあるし。
そう言って褒めても、結局「お前のが何倍もすごいだろ」と返されて終わりだ。こうなったら励ましも逆効果なので、俺はいつも黙って話を最後まで聞く。
「でもさ、」
そして、お決まりのセリフを言い放つのだ。
「人間、この世にただひとりだよ?」
比べることないよ、と言えば「そうかな」と遠慮がちな声が漏れる。よし、あともう一押し。
「俺は他の誰でもない、君が好きなんだよ。だから一緒にいるし、困ってたら助けるし、苦手な野菜は食べてもらうの」
「なんだよそれ」
ふ、と彼の顔が緩む。こうなればもう、ネガティブのループにはまることはない。任務完了だ。
「ありがと」
はにかむように笑う君に、どういたしましてと軽く返す。ねーこのままファミレス行かなーい?と無邪気に言えば、あいつらも誘う?と返された。
んー、ふたりきりがいいなぁ
言えるはずもないので、いいねと賛同する。でもまあ、隣は譲りませんけどねっ。
大好きな君と、1度きりの今日を生きていく。
fin