【やさしい嘘】
「お母さん、澪お姉ちゃんからお手紙きてる?!」
「来てるわよ」
「やったあ!読むからちょうだい!」
小学生の頃私は、毎日口癖のようにそう言っていた。
お母さんから封筒を渡されるや否や封を切って、貪るように文字を追う。端正な字がパステルカラーの罫線に良く映えていたのを覚えている。
『みうちゃんへ お手紙ありがとう。』
手紙はいつもこう始まっていた。当時高校生だったのにも関わらず、彼女は小学生の流行や話題の理解度が高かった。それでいて“JKライフ”を綴ってくれるので、私はウキウキしながら読んでいた。今思えば、相当頭が良かったのだろう(文才があったのだ)。
『部活仲間でプリクラを撮った』『文化祭で屋台を出した』なんてエピソードに憧れを持ち、『制服はどんな感じ?』『先輩はかっこいい?』なんて質問をしまくったはずだ。10歳年上のいとことの文通は夢があって楽しくて、都道府県を習ったときに住んでいる場所が離れていて絶望した(四国だった)。幼稚園の時に会ったことがあるらしいが記憶になく、電話越しの少し低めの声しか知らなかった。
だから今日を、すっごく楽しみにしていたのだ!
中学生になってから初めてのお正月。私は祖父母の家のこたつで、そわそわと玄関を伺っていた。お父さんとお母さんは、お寿司やらチキンやらを取りに出かけている。
澪お姉ちゃんは今年から社会人になって、東京で働いているらしい。大学も東京だったから会いたかったけれど、コロナやらインフルエンザやらで会えなかったのだ。
「そんなに澪に会いたいかね」
「そりゃそうだよ!ほとんど初対面なんだから」
おじいちゃんに返事をすると、おばあちゃんがくすくすと笑いながら言った。
「きっと大騒ぎね」
大騒ぎって!子供じゃないんだから…。
呆れていると、ガラガラと扉が空く音がした。
「こんにちは〜澪です〜」
澪お姉ちゃんだ!
飛び出したい気持ちを抑え、あくまで落ち着いて出迎える準備をする。馬鹿騒ぎする子供なんて思われたくない。
と、襖が開いて人が入ってきた。
「おお、久しぶりだなあ澪」
「ほんと、少し見ない間に大きくなったわねえ」
「明けましておめでとう、おじいちゃん、おばあちゃん」
会話が行われる中、私は口をあんぐりと開けていた。
白い肌にぷるぷるの唇、眼鏡越しでもよく分かる長い睫毛。ここまでは“お姉ちゃん”と言っても過言ではない。
しかし、洋服を着ていても分かる肩幅や短い髪の毛、何より長い首にある喉仏が、私を混乱させていた。
「明けましておめでとう、美羽ちゃん。今まで嘘ついててごめんね。やさしい嘘ってことで許してくれないかな」
つまり、幼い私は「みお」という名前だけで女の人だと思って手紙を書いて、それに彼女、いや彼は7年間合わせてくれていて…
「ええええっ!?」
私は案の定、大騒ぎする羽目になった。
fin
1/24/2025, 11:33:45 AM