【羅針盤】
※微薔薇注意
大航海時代、羅針盤はとんでもない発明品だったんだろうなと、本を閉じながら思う。得意教科の社会に結びつけてしまうのは、長年の癖だ。表紙に描かれた少年は主人公で、父からもらった羅針盤を頼りに航海をする冒険物語だった。ラストは感動的で、思わず涙腺が緩んだ。
柔らかな西日が心地良いここは、目の前で眠る先輩の家である。一人だと寂しい夜もあるからと零した時に、じゃあ泊まりたいですと申し出たのだ。
先程まで熱心に数学の問題を解いていたはずが、今はすーすーと寝息をたてている。少しはねた髪先とズレた眼鏡が、どこかあどけなさを感じさせた。
「無防備すぎでしょ」
同性の後輩とはいえ、何をしでかすか分からない。そんな警戒心など微塵もないのであろう寝顔は、可愛いとしか形容出来ない。
出会った時から、ずっと憧れだった。
誰にも負けない頭脳と観察眼。運動は苦手だけど身長は高い。誰にでも優しくて気配りが上手。大人びてるのに虫が怖い。笑うと目尻がきゅっと下がる。唇を噛む癖がある。
先輩のことを訊かれれば、いくらだって答えられる。同じ高校・大学に入ったのも、追いかけていたからだ。
その憧れが、最近になって違う感情だと気付いた。
先輩の全てを知りたい。俺だけが知っていたい。それはもう、純粋な羨望ではないだろう。
「先輩」
閉じられた目を見つめて呟く。
「貴方は私の、羅針盤です」
いつかその白い肌に触れることを夢見て、俺はコーヒーを淹れに立ち上がった。
うっすらと目を明けた先輩が、「今のは告白なのか」と混乱しているのを知らずに。
fin
1/21/2025, 11:56:31 AM