仕事が休みの火曜日の朝、いつものカフェ。窓ぎわの席に座って、読みかけの本を開く。窓から見える景色は丸テーブルがいくつか置いてあるテラス席と、車が行き交う交差点。ときどき目線をあげて車が流れていくのを眺める。あ、あのトラック、見たことあるな、なんて思ったりして、読んでいた小説の世界から少し離れ、また戻る、というのを繰り返していると、いつの間にか気持ちが緩んでいて、仕事のストレスが和らいでいるのに気づく。必要な時間だ、と思う。自分に戻るために。一週間に一度、同じカフェの同じ席で、コーヒーを飲む。家で飲めば一杯30円だけど、これは自分にとって必要経費なのだ。
もうすぐ、いつもの派手なシャツの紳士が来て、あのテラス席に座るだろう。
子供の頃、お盆のころになると祖父母の家に一週間ほど泊まりがけて行くのが私の家族の毎年の行事でした。母方のいとこたちもちょうどその頃遊びに来ていて、みんなでわいわいボードゲームをしたり、近くのプールへ行ったり、夜は庭で花火をしたり、とても楽しかったのですが、私には唯一怖いものがありました。
それは居間にあった鳩時計。1時、2時、とぴったりの時間になるとぽっぽーという音とともに小屋に見立てた箱から鳩が飛び出して時をつげる、あれです。あの鳩そのものは可愛らしく、怖いというわけではありません。じゃあ何が怖かったのかというと、夜中にその鳩が鳴くのが怖かったのです。
私はもともと神経質な性格で、自宅ではないところではなかなか寝付くことができませんでした。夜、いとこたち、私と姉の布団を祖母が並べて敷いてくれた10畳の広い部屋はまるで林間学校のようでした。寝静まるまでは枕投げをしたりして大騒ぎですが、そのうち年下の子たちがひとりふたりと寝落ちしてゆき、最後はいつの間にか皆が寝てしまいます。さっきまでの騒ぎが嘘のように静まりかえった空間に私はひとり取り残され、目を瞑っても一向に眠れないまま、皆が立てる寝息を聞いているのです。だんだん眠れないことに焦ってきて、涙が出そうになったころ、追い討ちをかけるように聞こえてくるのが、居間の鳩時計の音です。時が過ぎたのを音で知らせてくれるのは、時に残酷です。ああ、あれから1時間たってしまった。このまま眠れなかったらどうしよう。そう焦れば焦るほど心臓がどきどきして眠気は遠ざかっていきます。
しかしそのうち、久しぶりに祖母に会い、夜更けまで話し込んでいた母が端っこに敷かれた布団に入る気配がして、私は泣きそうな気持ちを堪えながら、そこに潜り込みます。母は私が布団に入れるように身体を寄せて、掛け布団を開けてくれます。
そうしてようやく私は安心して眠れるのです。
お盆の時期になると、あの鳩時計と、母の温もりを今も思い出します。
鐘の音、というと、私はまず平家物語の冒頭の一節、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、……」という名文を思い出します。高校時代、古文の授業で習ったのが初めだったと思いますが、七五調のリズムが心地よく、記憶力の悪い私でも、「……ひとえに風の前の塵に同じ」まですんなり覚えられた記憶があります。
今でも風呂につかりながらぼんやりしているときなどになんとなく頭に浮かんで、「祇園精舎の……」とぶつぶつ呟いたりしています。
祇園精舎の鐘の音は、この世のすべてが変化し、流転するという真理を告げ知らせる音です。高校生のころはあまり意味も考えず、ただ言葉を唱えていただけでしたが、今はこの一節に込められた深い意味を噛み締めるようになりました。
自分もまわりも年をとり、街もどんどん姿を変えていく。変わらないものは何ひとつない。悲しいけれど、それが昔からの真理です。受け入れる他はありません。
とはいえ、変化が悲しいことばかりではないのも事実。私という存在も、いろいろな経験を経て、ぼんやりしていた高校生の頃から比べれば、確実に変化し、成長しているのであります。変化を前向きに捉えて、良い方向に変わっていけたら、と思います。
私の名前
私の名前はとても平凡。ゆみこ。自由で美しい子どもで、由美子。なんて芸のない。真面目だけが取り柄の父らしい名付けだと、せっかく名前をくれたのに申し訳ないけれど、子どもの頃は、もうちょっとかわいい名前にしてくれたらよかったのに、と少し恨みがましく思っていました。今ではシンプルで覚えやすいいい名前だと思っていますが、その頃は、友達の夢ちゃん、や奈々ちゃん、最後に子がつかない名前の子がうらやましかったですね。平凡な名前のせいか、友達からは苗字にちゃん付け、さん付け、だったり、苗字を呼び捨てだったりで呼ばれることが多くて、それも密かにコンプレックスでした。
それでも、小学校六年生の時にはじめて私を下の名前で「ゆみこ」と呼んでくれる友達ができ、その子とは今も親友です。
自由ってなんだろう、と最近考えることがあります。
物理的にどこへでも行ける体の自由、時間の自由、お金の自由。自由にもたくさんありますよね。
でも、たぶん、父が私に望んだのは、誰にも支配されない、自分の意志や生き方を貫ける心の自由を持て、ということだったのではないか、と思います。
幸い私は、父の思惑どおりかどうかはわかりませんが、自由にやりたいことをやり、それが今幸運にも実を結んで生きることができています。ありきたりな名前でがっかりしていましたが、私らしい名前だと、今は思えています。
視線の先には
連日残業続きだった仕事がようやくひと山越えた会社からの帰り道、疲れた身体を引きずるように最寄駅の改札を出た。ここから、自宅のアパートまで10分歩かなければならない。しかし私は改札を背に力尽き、それ以上前に進むことができなくなってしまった。喧騒の中、同じように会社帰りと思しき人々が私などまるで存在しないかのように立ち止まった私の傍らを通り過ぎ、家路を急いで行く。しばらくするとその人の波も引き、私はただひとりぽつんとそこに佇んでいた。
ふと、見上げた視線の先には、夜空に美しく輝く夏の大三角。街あかりのあるこのあたりにもその見えない線で繋がった三角形ははっきりと見えた。
「左上に見えるのが、こと座のベガ。右下に見えるのがワシ座のアルタイル。織姫と彦星だよ」
と言って、私に教えてくれた穏やかな声が耳に蘇る。大学で天文学を学んでいた彼とは小学校からの幼なじみで、子どもの頃は、学校でもらった星座早見盤を持って夜の空き地で星空観察をした。大人になって恋人になってからも、夜のベランダで、キャンプ場で、露天風呂の中から、ありとあらゆる星空を彼といっしょに眺めてきた。
けれど、その彼はもういない。不慮の事故だった。
私は耳に残る優しい声を振り払うように頭を振った。鼻の奥が痛かった。唇を噛んで、鼻から息を吐き、よし、ともう一度気合いを入れて私はまた一歩を踏み出した。
会いたい、その言葉を涙と一緒に飲み込んだ。
いつか、私が星になるときまで、暖かなその瞳で見守っていてください、そう、胸の中で呟きながら。