視線の先には
連日残業続きだった仕事がようやくひと山越えた会社からの帰り道、疲れた身体を引きずるように最寄駅の改札を出た。ここから、自宅のアパートまで10分歩かなければならない。しかし私は改札を背に力尽き、それ以上前に進むことができなくなってしまった。喧騒の中、同じように会社帰りと思しき人々が私などまるで存在しないかのように立ち止まった私の傍らを通り過ぎ、家路を急いで行く。しばらくするとその人の波も引き、私はただひとりぽつんとそこに佇んでいた。
ふと、見上げた視線の先には、夜空に美しく輝く夏の大三角。街あかりのあるこのあたりにもその見えない線で繋がった三角形ははっきりと見えた。
「左上に見えるのが、こと座のベガ。右下に見えるのがワシ座のアルタイル。織姫と彦星だよ」
と言って、私に教えてくれた穏やかな声が耳に蘇る。大学で天文学を学んでいた彼とは小学校からの幼なじみで、子どもの頃は、学校でもらった星座早見盤を持って夜の空き地で星空観察をした。大人になって恋人になってからも、夜のベランダで、キャンプ場で、露天風呂の中から、ありとあらゆる星空を彼といっしょに眺めてきた。
けれど、その彼はもういない。不慮の事故だった。
私は耳に残る優しい声を振り払うように頭を振った。鼻の奥が痛かった。唇を噛んで、鼻から息を吐き、よし、ともう一度気合いを入れて私はまた一歩を踏み出した。
会いたい、その言葉を涙と一緒に飲み込んだ。
いつか、私が星になるときまで、暖かなその瞳で見守っていてください、そう、胸の中で呟きながら。
7/20/2023, 10:05:48 AM