「…私に何か御用かしら」
上級階級の身分、即ち貴族たちの社交パーティーの場で、フェリシアは不思議な視線を感じた。視線の先に居たのは一人の黒髪の騎士だった。いや、騎士と表現するのは些か正しくないかもしれない。この国では珍しい漆黒の髪を持つ彼は、オルレアン家の騎士には違いなかったが、そう表現するには彼の所作はあまりにも洗礼されている。
嫉妬、欲望、嫌悪
皇族を除いた最も強大な権力を持つアヴェーヌ家の長女として生を受けたその時から、フェリシアはあらゆる視線の的だった。普段なら視線の一つや二つなど気に止めることは無いのだか、この視線はどこか今までのものと違う気がしたのだ。
嫉妬も欲望も嫌悪も無ければ、憧憬も希望も尊敬も感じない。あるのはただ純粋な好意のようにフェリシアには思えた。
「え…?」
突然話しかれられた彼は、黒曜石のような瞳を少し見開いて驚いた。
「さっきから貴方の視線を感じていたのです。だから何か御用があるのではと思ったのですが…」
「それは申し訳ありません。無礼でした。どうやらレディーの美しさに見とれてしまったようです」
彼は彫刻のように整った顔で優しく微笑んでそう言った。微塵の悪意すらも感じさせない純粋な眼差しに、フェリシアの好奇心が動かされた。
「構いませんわ。私も貴方を見ていましたもの」
「それは、理由を聞いても構いませんか?」
微笑み返したフェリシアに彼は少し面食らったようだったが、直ぐに微笑みに戻った。
「ええ。私も貴方の容姿に見とれていましたわ」
これは本当のことだった。彼のようにあからさまに視線を飛ばすような真似はしないが、彼の容姿に目を惹かれていたのは確かだった。
「レディーがですか? それは光栄です」
「申し遅れてしまいましたね。フェリシア・アヴェーヌですわ」
「アベル・オルレアンです」
お互いに、社交界の場では危ういほどの純粋な気持ちを共有していると、ホールに流れる曲か途切れ、別の曲が流れた。
「ダンスの時間ですね」
そう言って彼は手を差し出した。
「フェリシア嬢。宜しければ私と踊ってくださいませんか?」
「ええ、喜んで」
フェリシアはそっとその手を取った。
何かが変わる。
そんな予感を胸に閉じ込めて。
紅葉が舞い落ちる季節になった。
ふと辺りを見れば、都心部だろうと何だろうと嫌でも赤がチラつく季節。
私は秋が嫌いだ。嫌でも目につく赤が、肌にかかる肌寒い風が、一年が終わろうとしている事を告げているように思う。何も出来ていないのにもう一年が終わってしまうのだと毎年思い知らさせる。
私は秋が嫌いだ。どことなく哀愁の漂う秋はどうしてか感傷に浸ってしまう。そして何もしていない自分が嫌いになる。何も出来ずに一年が終わる前に、何か一つでもしなくてはならない気がしてくる。そうしないと自分を嫌ったままになってしまう。
秋は嫌いだ。意味の分からないやる気が起きてしまう。
こんなの柄じゃないのに。
「…よって、X=3、Y=1となります。えー、ここまででなにか質問ある人いますか?」
先生の言葉を聞き流しながら窓の外を見た。数日前までは満開だった桜並木が半分ほど枯れ落ちどことなく物足りなさを感じてしまう。
こっそり窓を少し開けると、ほんのり暖かい風が一弁の桜を運んでいた。ノートの落書きに紅一点の輝きを落としたそれを私はそっと手で摘んだ。
愛しい貴方にプレゼントを贈った。
色とりどりの花束。
貴方は笑った。
愛しい貴方にプレゼントを贈った。
高級ホテルの高級料理
貴方は笑ってくれたけれど、この前より悲しそうだった。
愛しい貴方にプレゼントを贈った。
月夜に煌めくイヤリング。
貴方は少し小さく笑わっただけだった。
愛しい貴方にプレゼントを贈った。
黒が光るブランドバックと
青く輝くエメラルドグリーンのネックレス。
貴方は笑わなかった。
そして貴方は言った。
要らないよ。
どうして?
私は聞いた。
貴方は言った。
私が欲しいのは物じゃないの。
何が欲しいの?
私は聞いた。
貴方は言った。
貴方の想いが欲しい。形にならないものが欲しい。
私は困った。
私は想いをあげる方法が分からなかった。分からなかったから形にしたけれど、貴方は要らないって言ったから。
どうすればいいの?
私は聞いた。
貴方は言った。
2人で一緒にたくさん話してたくさん笑ってたくさん写真を撮ろう。
私は嬉しかった。形にしない方法を知れたからもう貴方を悲しませないから。
私は言った。
じゃあ、今から写真を撮ろう。明日も写真を撮ろう。毎日撮ろう。それから、毎日笑おう。
貴方は笑った。とびきりの笑顔で。
強いものに従うのが賢い生き方だ。無理に反発したってどうせ意味なんかないんだから。
強い彼女はクラスの主。彼女よりは少し劣るくらいに、でも他の人よりは綺麗に映るよう容姿に気を使って、彼女の意見に耳を傾けて同調する。
そうやって大人しく従っていれば、従者だってそれなりに楽しく過ごせる。
そんな事も出来ずに反発しようとしたり我を貫いたりすると排除されちゃうの。ほんと馬鹿みたい。
「さっきのマジで有り得なくない!?」
「そうだよね」
「もうさ、あいつのこと無視しようよ」
「うん」
『どうしてそんな事するの?』
ああ、声が聞こえる。
「泣いてんのまじウケるw」
「そうだね」
「動画撮ろーよ」
「分かった」
『ごめんなさい。ごめんなさい』
あ、声がどんどん小さくなってる。
「ほら、盗んで来なよw」
「行ってきなよ」
「早く行ってこいよ」
「そうだよ」
『やめて。もうやめて』
あ、そろそろ消えるかな。
「もう死ねば?w」
「それがいいよ」
「ほら、死んじゃいなよw」
『助けて…』
あ、もう消える。
もう声が消えるな。
私が無視した彼女の声が。
私が無視した私の声が。
もう、声が聞こえなくなるな。
いいのかな?
よくないよ。
『よくないよ』
ダメだよ
『ダメだよ』
もうやめよう
『もうやめよう』
「もうやめよう!」
【解説】
「」 →私が口に出した声
『』→私が閉じ込めた本音の声&彼女(被害者)が思っている
だろうと私が思っている言葉。
かっこなし→私の心の声
我が身可愛さの残酷さと罪悪感、そして少しの正義感という
相対する3つの感情をかっこの使い分けで表してみました。
この物語のように顕著でなくとも、多くの人が日々直面して
いる悩みでは無いかと思います。
ぜひ日常に置き換えながら読んでみて下さい!