部活終わりの暗い帰り道、ひゅーと一吹きの風が吹いた。
先日までの暑さを全く感じさせない爽やかな風は、季節が移り変わろうとしているのを告げているように思えた。
「もうすっかり秋だね」
何の気なしに隣の幼馴染みに言った。
「そうだね。日が落ちるのも早くなったしね。もう月が見える」
『I love youを生徒に訳させた夏目漱石は、我君を愛すなどと答えた生徒に日本人はそんな直球に愛を伝えたりはしない、と言ったという有名な逸話がありますね。では問題です。夏目漱石はなんと訳すよう生徒に教えたでしょうか』
ふと、古典の先生の雑談とも呼べる言葉が脳を過ぎった。
目の前には中秋の名月とでも云うべき大きな満月が暗い空に浮かんでいる。日が落ちるのが早くなったせいか、いつもは少なからず人通りがあるこの道に私たち以外の人影はない。
出来すぎた環境の整いぶりに、背中を押されているような気がした。
私は覚悟を決め、足を止めて立ち止まった。
不思議そうに振り返った幼馴染みに精一杯の笑顔を向けた。
「ねえ、月が綺麗ですね」
雪が降り積もった冬のある日。
朝焼けを見に行こうと誘った君の言葉に乗って、まだ空に月が浮かんでいる時間に家を出た。マフラーに顔を埋めて寒さから身を守ろうと縮こまる君が差し出した手を握って二人でゆっくりと夜の道を歩いた。
暫く歩いて開けた河川敷に着いた。並んで草の上に腰を降ろしたのは失敗だったかもしれない。二人のズボンに雪がたくさん着いた。
くだらない事を話しながら夜明けを待つ。
「あっ!」
君が小さな驚きの声を上げた。ふと見ると、朝焼けが近づいてきたようで、空が少しずつ明るさを増していた。暫く二人でじっと水平線の彼方を見つめていた。
一瞬のうちに空の色がどんどんと変わっていった。いつもと同じ空のはずなのに、何色もの色を巧みに使い分けて造られた空は、いつもよりずっと綺麗だった。空が藍色から水色に変わって、水色から黄色に変わって、黄色から橙色に変わって、橙色から赤色に変わって、そして最後に朝が来た。
「…綺麗……!」
思わずそう零した君の横顔は数多の色の空の光に彩られていて、つられて思わず零してしまった。
「綺麗…」
ああ、カメラを持ってこなかったのは失敗だったな。カメラさえあればこの時間を永遠に残しておけるのに。ああ、このまま
「時間が止まってくれたらいいのに」
同じ景色でも、全く違う景色に見えた。
高層マンションの最上階から貴方と二人で見た夜景。あの日は私たちを祝福する灯火のように輝いていた小さな光の粒は、一人で哀しみに昏れる自分を嘲笑っているように思えてきた。
「…寂しいよ……リオ」
口にしたらもう止まらなくて、ボロボロと涙が頬を伝っていく。拭っても拭っても止まらないそれは、買ったばかりの深紅のカーペットに水玉模様を描き出していった。
様々な想像が出来るようあえて細かい設定は付けずに書きました。
リオと呼ばれたあの人と寂しさになく自分。性別も分からないシナリオでこれを読んでくれた皆さんが自由に想像してくれたら嬉しいです