yuzu

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部活終わりの暗い帰り道、ひゅーと一吹きの風が吹いた。
先日までの暑さを全く感じさせない爽やかな風は、季節が移り変わろうとしているのを告げているように思えた。
「もうすっかり秋だね」
何の気なしに隣の幼馴染みに言った。
「そうだね。日が落ちるのも早くなったしね。もう月が見える」


『I love youを生徒に訳させた夏目漱石は、我君を愛すなどと答えた生徒に日本人はそんな直球に愛を伝えたりはしない、と言ったという有名な逸話がありますね。では問題です。夏目漱石はなんと訳すよう生徒に教えたでしょうか』


ふと、古典の先生の雑談とも呼べる言葉が脳を過ぎった。

目の前には中秋の名月とでも云うべき大きな満月が暗い空に浮かんでいる。日が落ちるのが早くなったせいか、いつもは少なからず人通りがあるこの道に私たち以外の人影はない。
出来すぎた環境の整いぶりに、背中を押されているような気がした。
私は覚悟を決め、足を止めて立ち止まった。
不思議そうに振り返った幼馴染みに精一杯の笑顔を向けた。



「ねえ、月が綺麗ですね」

9/21/2023, 3:21:14 PM