yuzu

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6/14/2024, 10:20:29 AM

【あいまいな空】

「…ごめんね」
 たった一言で、僕の長年の片思いは呆気なく終わった。
 君が去った後の教室で、一人静かに思いを巡らせる。

 君と初めて話したのは、一回目の図書委員会の集まりの日。君と話すうちに、どんどん君に惹かれていった。
 …なんて君はそう思っているかもしれないけど本当はもっと前から僕は君を知っていたんだ。正直自分でも少し気持ち悪いと思うから君には絶対に言えないけど、高校に入学する前から僕は君が好きだったんだ。
 中学生の時に見かけた隣のクラスの女の子。太陽みたいな明るい笑顔が素敵な女の子に僕は恋をした。一目惚れだった。
 それからは君を目で追ってばかりの毎日で、話しかける勇気も持てないくせにずっとずっと好きだったんだ。

「…ごめんね…かぁ」
 改めて言葉にされるとキツイなぁ、なんて考えながら帰り支度をする。
 ふと空をみると、太陽が沈みかけて半分になっていた。
 もうすぐ太陽はすっかり隠れて、また明日に顔を出す。僕の知らない新しい太陽として。

 僕の手の届かない君は、きっとたまその笑顔で誰かを虜にしてしまうんだろう。

10/17/2023, 4:05:42 PM

肌寒い風と共に甘い香りが漂ってきた。
金木犀の匂いだ。
私は辺りをキョロキョロと見渡して、少し離れたところにある匂いの元を見つけた。無意味だと分かっているが、私はその木々と空を睨んだりしてみる。
何故匂いを運んでくるんだと。
毎年秋になると鼻をつくそれは、君が私から離れていったあの日と同じ匂いがした。

10/8/2023, 7:28:45 AM

「ごめ、また、俺のせいで…」
そう俺の親友が目を伏せて言った。得点板を見ると、既に相手はマッチポイント。対して俺たちは五点遅れで相手を追っている。
緊張からかサーブをネットに引っ掛けてしまった親友は今にも泣き出しそうなほど不安そうな顔をしていた。
「大丈夫だって! まだ負けてない」
「でも…」
「でもじゃない。後悔も反省も試合が終わってからだ。まずは今に集中。大丈夫! お前のスマッシュはめっちゃ強い。落ち着いていこう」
そう言って俺は彼の背を叩く。それは、下を見がちな親友を鼓舞するための癖みたいなものだった。
「ああ、そうだな」
「絶対勝つぞ」
「おう!」
そう笑った親友の背を俺はもう一度叩いた。
俺の気持ちが届くよう、精一杯の力を込めて。

10/5/2023, 6:16:44 AM

「…私に何か御用かしら」
上級階級の身分、即ち貴族たちの社交パーティーの場で、フェリシアは不思議な視線を感じた。視線の先に居たのは一人の黒髪の騎士だった。いや、騎士と表現するのは些か正しくないかもしれない。この国では珍しい漆黒の髪を持つ彼は、オルレアン家の騎士には違いなかったが、そう表現するには彼の所作はあまりにも洗礼されている。
嫉妬、欲望、嫌悪
皇族を除いた最も強大な権力を持つアヴェーヌ家の長女として生を受けたその時から、フェリシアはあらゆる視線の的だった。普段なら視線の一つや二つなど気に止めることは無いのだか、この視線はどこか今までのものと違う気がしたのだ。
嫉妬も欲望も嫌悪も無ければ、憧憬も希望も尊敬も感じない。あるのはただ純粋な好意のようにフェリシアには思えた。
「え…?」
突然話しかれられた彼は、黒曜石のような瞳を少し見開いて驚いた。
「さっきから貴方の視線を感じていたのです。だから何か御用があるのではと思ったのですが…」
「それは申し訳ありません。無礼でした。どうやらレディーの美しさに見とれてしまったようです」
彼は彫刻のように整った顔で優しく微笑んでそう言った。微塵の悪意すらも感じさせない純粋な眼差しに、フェリシアの好奇心が動かされた。
「構いませんわ。私も貴方を見ていましたもの」
「それは、理由を聞いても構いませんか?」
微笑み返したフェリシアに彼は少し面食らったようだったが、直ぐに微笑みに戻った。
「ええ。私も貴方の容姿に見とれていましたわ」
これは本当のことだった。彼のようにあからさまに視線を飛ばすような真似はしないが、彼の容姿に目を惹かれていたのは確かだった。
「レディーがですか? それは光栄です」
「申し遅れてしまいましたね。フェリシア・アヴェーヌですわ」
「アベル・オルレアンです」
お互いに、社交界の場では危ういほどの純粋な気持ちを共有していると、ホールに流れる曲か途切れ、別の曲が流れた。
「ダンスの時間ですね」
そう言って彼は手を差し出した。
「フェリシア嬢。宜しければ私と踊ってくださいませんか?」
「ええ、喜んで」
フェリシアはそっとその手を取った。

何かが変わる。

そんな予感を胸に閉じ込めて。




9/26/2023, 5:18:16 PM

紅葉が舞い落ちる季節になった。
ふと辺りを見れば、都心部だろうと何だろうと嫌でも赤がチラつく季節。
私は秋が嫌いだ。嫌でも目につく赤が、肌にかかる肌寒い風が、一年が終わろうとしている事を告げているように思う。何も出来ていないのにもう一年が終わってしまうのだと毎年思い知らさせる。
私は秋が嫌いだ。どことなく哀愁の漂う秋はどうしてか感傷に浸ってしまう。そして何もしていない自分が嫌いになる。何も出来ずに一年が終わる前に、何か一つでもしなくてはならない気がしてくる。そうしないと自分を嫌ったままになってしまう。
秋は嫌いだ。意味の分からないやる気が起きてしまう。

こんなの柄じゃないのに。

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