fumi

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12/21/2024, 9:00:30 PM

「大空讃歌」


雨の日は 雨に打たれていよう

風が吹く日は 勝手に吹けばいいさ

雪の日は じっと地面のなかで 春を待つ

雷の日は 地面を踏んで リズムをとって踊ろう

晴れの日は きみがくるのを 待っていよう

12/20/2024, 8:59:16 AM

わたしは、ちいさな石ころだ。

いつぞやか、世界のどこかにひょっこり現れる穴に落ちた。
薄暗い穴のなかで何回も体をぶつけるうちに、次第に体の角がとれ、丸く硬くなって最後は石ころのようになってしまった。

石ころなので、動くことはできない。しゃべることも、何かを表現することもできない。
人から見れば、そこらに落ちている石ころと変わりはない。ただそこに存在しているだけだが、「私」として存在していることを誰も知らなかった。

人から認知されなくなってから次第にわたしは「私」ではなく「石ころ」として存在するようになった。
わたしが「私」でなくなるのは不思議な感覚だった。
世界と私の境界線が曖昧になり、私は伸びたり縮んだりした。
世界はわたしになり、わたしは世界になった。

そんなある日、小さな手がわたしに触れた。

あたたかくて少し湿った感触が、曖昧になった「私」を、ふたたび石ころの中に戻らせた。
小さな手の持ち主は、わたしをポケットにいれて家に持って帰ってきたようだ。わたしはゆらゆら揺られながら、少し楽しい心持ちになった。

男の子はわたしを自分の机の上にのせて、毎日話しをした。
学校や塾での楽しかったこと、嬉しかったこと、ときに悲しかったことも。
わたしは毎日それを聞いていた。

ある日、男の子は自分の母親が死んだときの話しをしはじめた。
目を赤く腫らして、ときに怒りや悔しさも滲ませながら。

石ころのわたしは、石ころのままじっと動かずにいるだけだった。

わたしは石ころの存在をかけて、そこにいた。とても小さな存在でしかないかもしれないけれど。

母親とはなんだろうと思う。
わたしは母親になりたかったのかもしれない。

やがて男の子は涙をふいて、わたしをじっと見て口の端で少し笑った。
それは自嘲していたのかもしれないが、わたしには安堵したようにも見えた。


男の子はしばらくの間わたしに話しをしたが、ある日海辺に捨てられた。

わたしはまた、ただの「石ころ」にもどった。

12/5/2024, 9:22:12 AM

彼女はふと、どこかへ行ってしまうことがあった。

実際目の前に座って話をしているのだけれども、それはただの影のようなもので彼女自身はどこか遠くの世界を旅しているみたいに見えた。
実体のない影が、実体のない言葉を発してゆらゆらと揺れている。だれも乗っていないブランコが静かに揺れているみたいに。

「なんだか君じゃない誰かと話をしているみたいな気がするときがあるんだ。今もそう。君からしたら僕は居てもいなくてもいいような透明人間になったような気がするよ」足元のきつく縛った白いスニーカーの紐が、やけに白く見える。君の脚は律儀に折りたたまれて赤いパンプスの上にのっている。
(あなたにはそんなふうに見えるのかもしれない。でもそれは私が望んだことじゃないの。いつの間にか私自身はどこかへ行ってしまって、自分の意思では帰って来られない。)
(何かに突然引っ張られてしまうのよ。そしてその間は鏡の中から世界を見ているような気がするの。)
「それは感覚がともなわないってこと?」
(全くない訳ではないのだけれど、身体の反応として認知しているに過ぎない。そこにはリアルさがないの)
彼女は目の前のコーヒーカップを不思議そうに眺めている。そしてゆっくりと自分の手を僕の目の前に伸ばした。
(私自身が手を動かすと、鏡の向こう側の私の手も同じように動くの。とても変な感じがするのだけれど)
僕は彼女の差し出された手を握った。「僕の体温が伝わるといいんだけど」
(あなたは笑っているように見えるわ。でも現実はどうなのかしら。悲しそうな顔をしているのかしら?私にはわからないのよ。すべてが逆に見えてしまうの)彼女はにっこり笑って言った。

彼女は今悲しんでいるのだろうか。でも僕には彼女の涙を拭ってあげることもできない。
僕は彼女のいる場所まで下りていきたかった。でも今はその方法がわからなかった。

(海へ行きたいわ。私自身のいる場所に一番近い気がするから)
「いいよ。君のいるところに僕も行きたいから」

僕らは黙って手をつないだ。
夢と現実が交差する狭間の世界を揺れる影たちと一緒に、ゆらゆらと歩いていった。

11/28/2024, 10:09:06 AM

海に行きたいんだ、虎雄はベランダで空を見ながら独り言のようにつぶやいた。片手には、いつから持っているのか分からない飲みかけのビールがある。
洗濯物が風にゆられてはためいている。

虎雄と私はずいぶん海に行った。行って砂浜を並んで歩いた。取り留めもないことを取り留めもなく話していると、話しながら、歩きながら、夢をみている気がしてくる。
二人して、このままどこかへ迷い込んでしまおうか、手を繋いだまま虎雄は私をもう片方の手で抱き寄せた。

この人は、かわいそう。かわいそう。

自分の手が、虎雄に巻きついて離れなくなりそうな気がして慌てて力をゆるめた。
大丈夫。大丈夫だから。
誰に言うでもなく、私は心の中で呟いた。

11/27/2024, 2:02:24 AM

たま子は三十一になった。毎年この海の家でかき氷製造機のハンドルをガリガリやりながら、誕生日を迎える。
人知れず、ひっそりとひとつ歳をとった。
そういうものは世間体の範囲に入るし、クリスマスやお正月と同じだと思う。

「おばちゃん!イチゴミルクちょうだい」
「こら、おばちゃんじゃなくてお姉さんだろう」
たま子はいつものように笑顔でかき氷を渡した。
(世間様は私以上に私のことを知っているみたいだ)
砂まみれの小さな手でかき氷をかかえて、太陽のもとへと戻る男の子と父親の背中を見ながら、心の中でつぶやいた。

年を追うごとに、太陽の勢いは増して気温は上がっていた。地元の人々は日中は暑すぎて、早朝か夕暮れ時にしか海には来ない。
昼間ににぎわうのは少し離れた都会の観光客がくるからだった。親子連れやカップルや学生たちがはしゃいでいるのを、たま子は冷たい氷を触りながら不思議な心持ちで見ていた。
男を見ると、ますます不思議になる。
男とはなんなのだろう。

ときどき、たま子に悪さをする男がいた。からかったり、言い寄ってきたり。
(そんな時、わたしは想像する)
巨大な木に男たちが死体になってぶらさがっているのを。それは奇妙な果実のように腐臭を漂わせながら揺れていた。風が吹くとぎしぎしと物悲しい音をたて、黒く熟した果実からは黒い液体が滴り落ちていた。
そしてそれは呪いのように思えた。

黄昏時に、砂浜に出て肌をつける。
微熱のような太陽と人々の残り香を感じとる。
まわりには人影はない。

余った氷を砂浜で溶かす。みるみる形は小さくなり、自然に還っていく。
月に照らされた黒い髪からは狂った果実のかおりはしなかった。




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