fumi

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彼女はふと、どこかへ行ってしまうことがあった。

実際目の前に座って話をしているのだけれども、それはただの影のようなもので彼女自身はどこか遠くの世界を旅しているみたいに見えた。
実体のない影が、実体のない言葉を発してゆらゆらと揺れている。だれも乗っていないブランコが静かに揺れているみたいに。

「なんだか君じゃない誰かと話をしているみたいな気がするときがあるんだ。今もそう。君からしたら僕は居てもいなくてもいいような透明人間になったような気がするよ」足元のきつく縛った白いスニーカーの紐が、やけに白く見える。君の脚は律儀に折りたたまれて赤いパンプスの上にのっている。
(あなたにはそんなふうに見えるのかもしれない。でもそれは私が望んだことじゃないの。いつの間にか私自身はどこかへ行ってしまって、自分の意思では帰って来られない。)
(何かに突然引っ張られてしまうのよ。そしてその間は鏡の中から世界を見ているような気がするの。)
「それは感覚がともなわないってこと?」
(全くない訳ではないのだけれど、身体の反応として認知しているに過ぎない。そこにはリアルさがないの)
彼女は目の前のコーヒーカップを不思議そうに眺めている。そしてゆっくりと自分の手を僕の目の前に伸ばした。
(私自身が手を動かすと、鏡の向こう側の私の手も同じように動くの。とても変な感じがするのだけれど)
僕は彼女の差し出された手を握った。「僕の体温が伝わるといいんだけど」
(あなたは笑っているように見えるわ。でも現実はどうなのかしら。悲しそうな顔をしているのかしら?私にはわからないのよ。すべてが逆に見えてしまうの)彼女はにっこり笑って言った。

彼女は今悲しんでいるのだろうか。でも僕には彼女の涙を拭ってあげることもできない。
僕は彼女のいる場所まで下りていきたかった。でも今はその方法がわからなかった。

(海へ行きたいわ。私自身のいる場所に一番近い気がするから)
「いいよ。君のいるところに僕も行きたいから」

僕らは黙って手をつないだ。
夢と現実が交差する狭間の世界を揺れる影たちと一緒に、ゆらゆらと歩いていった。

12/5/2024, 9:22:12 AM