冬の夜は、白い息を吐きながら足早に家路を急ぐ。ときおり上を見上げて光り輝くイルミネーションをちらりと一瞥するが、たいして興味もなさそうにすぐに足元に視線をおとした。
「宗教的背景もないこの国において派手なツリーなんてお金の匂いしかしないわね」
「金山さんのそういうところ僕は好きだけど、苗字の時点で納得いかないんだよな。カナヤマさん…カネヤマさん」
「どうせ名前負けしてるわよ。そんなに山のようにお金もってないもの、わたし。でも、本当にあんまり好きじゃないのよ、派手なのが」
「どうしてそう思うの?お祭りは楽しくない?」
「楽しいと気分が上がるじゃない?それが嫌い」
「なんでだよ。女の人は好きでしょ、上がるの」
「女かどうかなんて関係ないわよ。そういう人は多いっていうだけで、目の前の人間がそうとは限らないじゃない」
「相変わらず理屈っぽいなあ」
「とにかく、なんていうのか…気分が上がるって浮足立ってる気がするからイヤなのよ。勢いで馬鹿なことしちゃいそうで」
「つい僕と寝ちゃうとか?」
「それはない」
「つれないなぁ、もうちょっと含みもたせてよ」
「あなた、すぐ本気にするじゃない。そういうときだけ」
「そういうときだけ?」
「そう、バレてるわよ。確信犯さん。そんなことばかり言ってると誠実なお付き合いはできないわよ」
「男女の間で誠実なオツキアイなんて成立するのかな。気になる子の前で最初から素を出せるやつなんて見たことないし、よく見られたいって思うのはふつうの事だろ?」
「よく見られたいのと、不誠実なのは違うわよ」
「じゃあなんで付き合って1年たつぐらいから、こんなんじゃなかったのに、とか言うんだよ」
「あなた、そう言われたの?」
「僕の話しじゃない」
「…ウソ、不誠実」
「…はい、ウソです。あっ、でも今ウソついたら不誠実って事になるんだったら、よく見られたいのと不誠実なのは同じことになるよな」
「そうかもしれないわね」
「はい、僕の勝ち」
「よかったわね」
「じゃあ、ご褒美ちょうだい」
「もうあげてるじゃない」
「何を?なんにももらってないけど」
「わたしに勝てた優越感」
「なんだそれ」
「なんだそれ?」
くだらない話、甘ったるいケーキ、煌めく街並み。
今が苦しいとき 人は過去を悔やみ
今うまくいっているとき すべての過去は報われる
でも人生は山あり谷あり いい時もあれば悪い時もある
わたしは今 とても悪いときだ
とても悪いときは すべてが空回り まわりがみんな敵に見えてくる
こういう時は きっとなにか大事なことをを見過ごしている
注意深く いつもと違ったところがないかを考えてみる
身の回りのことを細かく点検すると なにかが少しズレていたり あるべきものが なくなっていたり
なぜだかわからないが 悪いループにはまったときは
直接関係のあるところよりも ちょっと遠いところをかえると いいみたい
どうしてもヒントが見つからないとき わたしは神社に行って おみくじをひく
あの小さな紙のなかには 神様からのアドバイスが詰め込まれている
けっこう ためになります
もう一つ思うのは 年をとると こういう時のすごし方や抜け出し方が うまくなる
悪いことは避けられないけど はやく抜け出したり 被害を最低限に抑えたりは できるようになる
若いときみたいに 藻掻いてさらにドツボにハマるようなことは避けられる
でも多分 そういう経験をしないと 抜け出すのもうまくはならないんだけれど
だからわたしは過去に戻りたいとは思わない
シミやシワがなくなるのは ちょっとうれしいんだけどね
ひらり 舞いおちる 少女たちの断片が
雪のように かさぶたのように
いたいたしく 折り重なって
桃色のほほも 薄いブルーのくちびるも
白いちいさな歯のあいだからは 奥へとつづく深淵の一端のピンクがのぞく
闇にひそむ 血なまぐさい骨と肉の香りをまとわせながら
どこへもいけない 固定化された時間が
少女たちの自由を奪い
たいせつなものが 一つ一つピンでとめられていく
老いて干からびた皮膚のように
解読不能になった記憶が
今更のように花開こうとして
蕾ごと散り散りに 崩れさった
わたしたちは なぜ生きているのだろうという
疑問をのこしたまま
幸あれ 幸あれ 投げかけられる言葉に
嘘を見出してしまうのです
あの日ぎゅっと抱きしめれた影に 偽りはないのでしょうか
トロンとした眼差しで わたしを見る目 見る目
あぁそれを信じられたなら 馬になぞ ならずにすんだのに
あの日のヌクモリが わたしに覆いかぶさるのです
わたしは走りました 懸命に まっしぐらに
あなたが追いかけてくると 期待して
そしてとんでもないところまで きてしまいました
ここにはだれもいません わたしひとりきりだけ
だれもいません
本日、ともこさんはヤサグレている。
いつもは意識のたかいカラフルな朝食なのに、某牛丼チェーン店でガツガツと牛丼をかき込む。気持ちの良い食べっぷりですね、といったらにらまれた。自分でも余計なことをいってしまったと思った。
ともこさんのココロはくるくるとよくかわるので、まわりの人たちはよく振り回されている。でも振り回されたい人がともこさんのところによってくるので、今のところは問題ないみたいだ。それにはともこさんの来るもの拒まず去るもの追わずの精神もうまく影響していると思う。
そうやって自由にやりつつもまわりとうまくやっているともこさんをうらやましいと思うけど、自分がヤサグレた感をだす勇気なんてないのはわかっている。去るものに未練がましく執着し、来るものにはかんたんに手を出さない臆病なわたしには。さらさらとながれる小川のように生きてみたいと、本気で思っているのにわたしのココロの歯車はギシギシと音をたてうまく噛み合ってくれない。カラフルな朝食にしてみても、牛丼をかき込んでみても、所詮は他人の人生だ。
わたしのさがしているものは何処にあるのですか?
「そんなものあるわけないじゃない」ともこさんはヤサグレながらいう。あると思ってがんばって、その途中でみんな死んじゃうのよ。だから気楽にいきなさいよ、どうせ見つかりっこないんだから。
ともこさんはますますヤサグレている。
そんなのはいやだよぅそんなのはずるいよぅ、と駄々をこねたくなった。そしてともこさんのヤサグレもわたしの駄々もおなじようなものなのかもしれないと思った。
たぶんそうやって自分をわかっていくしかないのだろうと思う。わかったさきになにがあるのでもないんだけど。ちょっとはヤサグレも駄々っ子もかわいく見えるようになるのかもしれない。