たま子は三十一になった。毎年この海の家でかき氷製造機のハンドルをガリガリやりながら、誕生日を迎える。
人知れず、ひっそりとひとつ歳をとった。
そういうものは世間体の範囲に入るし、クリスマスやお正月と同じだと思う。
「おばちゃん!イチゴミルクちょうだい」
「こら、おばちゃんじゃなくてお姉さんだろう」
たま子はいつものように笑顔でかき氷を渡した。
(世間様は私以上に私のことを知っているみたいだ)
砂まみれの小さな手でかき氷をかかえて、太陽のもとへと戻る男の子と父親の背中を見ながら、心の中でつぶやいた。
年を追うごとに、太陽の勢いは増して気温は上がっていた。地元の人々は日中は暑すぎて、早朝か夕暮れ時にしか海には来ない。
昼間ににぎわうのは少し離れた都会の観光客がくるからだった。親子連れやカップルや学生たちがはしゃいでいるのを、たま子は冷たい氷を触りながら不思議な心持ちで見ていた。
男を見ると、ますます不思議になる。
男とはなんなのだろう。
ときどき、たま子に悪さをする男がいた。からかったり、言い寄ってきたり。
(そんな時、わたしは想像する)
巨大な木に男たちが死体になってぶらさがっているのを。それは奇妙な果実のように腐臭を漂わせながら揺れていた。風が吹くとぎしぎしと物悲しい音をたて、黒く熟した果実からは黒い液体が滴り落ちていた。
そしてそれは呪いのように思えた。
黄昏時に、砂浜に出て肌をつける。
微熱のような太陽と人々の残り香を感じとる。
まわりには人影はない。
余った氷を砂浜で溶かす。みるみる形は小さくなり、自然に還っていく。
月に照らされた黒い髪からは狂った果実のかおりはしなかった。
11/27/2024, 2:02:24 AM