fumi

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わたしは、ちいさな石ころだ。

いつぞやか、世界のどこかにひょっこり現れる穴に落ちた。
薄暗い穴のなかで何回も体をぶつけるうちに、次第に体の角がとれ、丸く硬くなって最後は石ころのようになってしまった。

石ころなので、動くことはできない。しゃべることも、何かを表現することもできない。
人から見れば、そこらに落ちている石ころと変わりはない。ただそこに存在しているだけだが、「私」として存在していることを誰も知らなかった。

人から認知されなくなってから次第にわたしは「私」ではなく「石ころ」として存在するようになった。
わたしが「私」でなくなるのは不思議な感覚だった。
世界と私の境界線が曖昧になり、私は伸びたり縮んだりした。
世界はわたしになり、わたしは世界になった。

そんなある日、小さな手がわたしに触れた。

あたたかくて少し湿った感触が、曖昧になった「私」を、ふたたび石ころの中に戻らせた。
小さな手の持ち主は、わたしをポケットにいれて家に持って帰ってきたようだ。わたしはゆらゆら揺られながら、少し楽しい心持ちになった。

男の子はわたしを自分の机の上にのせて、毎日話しをした。
学校や塾での楽しかったこと、嬉しかったこと、ときに悲しかったことも。
わたしは毎日それを聞いていた。

ある日、男の子は自分の母親が死んだときの話しをしはじめた。
目を赤く腫らして、ときに怒りや悔しさも滲ませながら。

石ころのわたしは、石ころのままじっと動かずにいるだけだった。

わたしは石ころの存在をかけて、そこにいた。とても小さな存在でしかないかもしれないけれど。

母親とはなんだろうと思う。
わたしは母親になりたかったのかもしれない。

やがて男の子は涙をふいて、わたしをじっと見て口の端で少し笑った。
それは自嘲していたのかもしれないが、わたしには安堵したようにも見えた。


男の子はしばらくの間わたしに話しをしたが、ある日海辺に捨てられた。

わたしはまた、ただの「石ころ」にもどった。

12/20/2024, 8:59:16 AM