寸栗睦栗

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2/24/2024, 1:42:07 PM

「小さな命」

思い出すのは歪な深爪、温かい布団、そして母の背。
多分、ずっと昔。けれど、おそらくたかが数年。
——寒い日は人肌が恋しくなる。それはあのたった1日の、夢か現かさえ判断の出来ない朧げな、それでも生きていた中で最も幸福な時間があったからだろうか。
あの時、私は暖房器具の前で眠りこけていた。母のすぐそばで、ふと眠ったまま意識が浮上し、微かに母が優しく声をかけたのを聞いたのだ。贅沢な場所で眠ってる、なんて。意識が落ちる前はなかった温かな布団が、私への愛情を確かに形にしてくれた。
今は、如何なのだろうか。嫌いで、嫌いで、嫌いで、嫌いで、愚かなあの人が居なくとも暖房器具は付き、布団に包まれる。だけど、子供じみた思いが心を冷やしている。いつまでも、いつまでも、この小さいままの命を抱えている。

2/22/2024, 2:24:34 PM

「太陽のような」

空が高い。澄んだ空気は軽やかに、薫る風を拒むことは無く、更に空を高く、高く、押し上げるよう。
足元で騒ぐ、背の低い蒼は、されるがまま。
水面は揺れ、しかし決して荒れず。
喧騒は遠く、只鼓動と呼吸だけが近く。
それは、穏やかと言うには非凡で、平和と言うには刹那的。流れる雲、跳ねる虫、咲く花、そして動く心臓。それら太陽の如く鮮烈ささえ、夢か幻か、それとも何時しか儚くなるものか。

12/12/2023, 1:57:09 PM

「心と心」

この身悶えるほどの憎悪と恋情が、どれほど私を蝕んでいるか、いっそ貴方に吐き出して、縋りついて、何も変わらないままでいてほしいと、貴方が最も嫌うことを口走って、それで尚余すことなく、私だけを、見つめてほしいと思うのです。
貴方に果てしなく失望し、憎く想い、もはや一抹でさえ許せないというのに、同じだけ愛しく想い、貴方の言動に一喜一憂する私は狂人の様でありましょう。しかし事実、相反する此の感情に嫌というほど、狂わされてしまっているのです。
誤差の様なズレがやがて大きな亀裂を呼び起こす様に、軋みを立てるこころに継ぎ接ぎを施して、只ひたすらに乖離した想いを、磁石の様に反発する心をひとまとめにしてしまって、それら全てに同じ名前をつけて愛しましょう。例えそれが濁ってしまったとしても。

12/8/2023, 8:34:32 AM

「部屋の片隅で」

四季が巡る度、この部屋を少しばかり色付ける。
貴方は気付いているのか、いないのか、もはや今となっては、どうでもよいことに思えてしまうのです。
最初は、貴方がたまたま貰ってきたのだという、真っ赤なチューリップ。
次は、私の誕生日に、慎ましやかな向日葵。
その次に、貴方へ、鮮やかな秋桜。
少しして、可愛らしいシクラメン。
ずっと、ずっと、片隅を共に色付けていました。
大切に、慎重に、枯れないように、朽ちないように。
だけどいつしか、貴方が色付けることは、なくなりました。
私ばかりが、縋ってしまっているのでしょうか。きっと、そうなのでしょうね。
それでも、この片隅に咲く思い出が、その色を失う時までは、きっと大丈夫だと言い聞かせるのです。私と思い出たちは、一心同体。枯れないように、朽ちないように。

12/6/2023, 1:06:51 PM

「逆さま」

人々の話し声が、薫風と共に流れ、僅かに鼓膜を揺らす。しかし、それよりも鮮明に聞こえるのは、筆記音。低い焦茶の机を挟んで、足を折りたたみ、向き合う先、相手の目線は伏せられており、忙しなく、手が走っていて、そこに会話は無く、久方ぶりの逢瀬とは思えないけれども、不満なんてありませんでした。
貴方は無口で、何を考えているのか、とても、私には分からないけれど、その分貴方は、言葉が美しい。同じものを見ても、貴方の感じたこと、それを伝えるために紡がれた言葉、それらに心を奪われているのです。
貴方の言葉は宝石で、それを無闇矢鱈、手に入れようだなんて、傲慢がすぎてきっと罰が下るでしょう。だから、貴方の言葉がこの世に生まれる瞬間を、今この時、知るのは私だけという身に余る光栄だけで、十分なのです。
貴方の紡ぐ、逆さまの文字を追う。
今日は、どんな宝石になるのでしょうか。

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