「そういえば、今日は何の日とかあるよね」
「そういえば。」
「あれって何とか協会認定とかもあるけど、なぜか団体とかってできるよね。お金を払えば取れる資格みたいなのをうまくマーケティングに利用している互恵関係があるね」
「なんかいつもと違って批判的というか。どうしたの?」
「なんかイライラしてるというかなんというか」
「それで今日は何の日なの?」
「あー、調べるといろいろあるけど、6と9でロックとか岩とか無垢あたりは日本ならではな語呂合わせだね。あとは放送禁止によくなる一昔前の人の記念日だったりするね」
「あー、ネットに流れてるやつだ」
「そう。良い子は身ちゃダメ聞いちゃダメな感じの」
「知ってる子は知ってるけど言わないやつだ」
「まあ放送禁止になるぐらいだからね」
「それはそう」
「ところで」
「ところで?」
「今回のお題だけど、個人的に調子の悪い時に意味深な話題は、お題の選者もメンタル的に良くないのでは?とか余計なお世話に思ってしまうことがある」
「そんな感じがある?分からないけど」
「そうだね。お題が未来志向、過去の話かによってイメージの違いがあるね。お題としては明るい話題だらけにも暗い話題だらけにもするわけにもいかないからね」
「そうね。バランスね」
「それで今回はさっき言った話はさておき、本当はジューンブライドがテーマなのではと推測していたりする」
「あ!」
「それで新婦と付き添う父親が、今歩いている時と、娘が小さかった時にから大人になるまでの思い出を歩いているとかけているように思える」
「なるほどー」
「そうすると暗い話題ではなく実は……となるわけだ」
「お題の人もいろいろ考えてるんだねー」
「今回のは単なる推測だけどね。意味深としたのはこういった理由が考えるからというのはある」
「なるほど。行間がないけど背景を推測するんだね」
「ところで、この散歩というか移動も終わるんだけど、喫茶店でも寄ってく?」
「まあ、いいけど」
お題『君と歩いた道』
「ところで」
「ところで?」
「このお題には実は存在しない要素が見えている」
「存在しない?」
「おそらく、このタイトルはステレオタイプ的な『夢見る』と『少女』から無垢性と無邪気さなどを感じさせている。ジェンダーロールや社会的圧力からの幻想だね」
「おお、思想が強めだ」
「まあ、そう見られている面があるということだね」
「そうね。たまにお育ちが良い子もいるのでなんとも言えない気がするけどなー」
「そうだね。だからこそ、この幻想が成り立つわけでもあるね」
「あー」
「少数サンプルが全体のイメージを決めてしまうという。そしてその都合の良さが幻想を生んでいる」
「なるほど?よく分からないけど」
「ステレオタイプがあると扱いやすからステレオタイプ的な視点が残る」
「ふーん」
「誰だって自分の好きな人は自分が思いたいように思っていたりする面もある」
「あなたみたいね」
お題『夢見る少女のように』
「ところで」
「ところで?」
「いや、お題の『さあ行こう』とこの梅雨どきが重なると、なんか『天気の子』を思い出してしまうね。えーと、いつ頃だっけ。え、昔だと思ってたけどもう2019年だって。つまり6年前だね」
「中学の時かな。すごい前じゃない」
「その時から一緒にいるからかなり長い付き合いだね」
「腐れ縁のような?」
「でも梅雨の今の時期と行こう!っていうのは確かにあの映画らしさがあるのは分かると思う」
「逃げたりしないけどね」
「そうだね。いろんな要素があったりしたのもあるけど、アニメ嫌いな人はよくアニメを叩くけど今はアニメ映画は人気というか、他の邦画はそこまで人気がないというか」
「今日は分析みたいなのはしないんだ?」
「そうだね。たまには昔の思い出に浸ったりするのも良いんじゃない?」
「そうね。雨の中の散歩もたまには良いかな?」
「いや、雨上がりまで待とう」
「そういうところだぞ」
「ん?」
「そうね」
お題『さあ行こう』
「ところで」
「ところで?」
「雨が降って傘を差していても降り止んのを気づかずに差しっぱなしというのはよくある」
「そうだね。あなたはよく考えごとをしてるしね」
「そうだね。考え事をしていたりすると傘の存在すら忘れてたりするね。手に持ってるのに」
「ありそう」
「あと、あれだね。他の人が傘を畳んで持っているのを見て、雨が止んだのに気づくとか」
「それは、あるあるかも」
「雨なので上というより、水たまりを踏まないように下を向いていて、その水たまりを見て空が青くなってるのに気づくというのもあるね」
「あー、あと水たまりがポツポツしてないとか」
「雨が止んだのに気づいてハッと見上げると、なんか空が綺麗に感じるとか、雨上がりは何か雰囲気が変わってる」
「でもすぐに傘を畳むと、止みきってない雨に降られたするよ」
「そうだね。この辺りは電線もあるから、そこから雨だれがというのもあるね」
「そう、雨が止んでもポタポタするから」
「雨上がりといえば水たまりに虹が映ることはほとんどないんだよね。虹はそこに存在するものじゃないから。水滴がレンズになって光が分離してそれが虹の形になって見える(ように見える)。あくまで目に見える現象ってことだね」
「長い!見えそうなイメージがあるけど見えないのかー」
「まあ視覚現象は脳の中にしかないんだけどね。虹もつまるところはそのひとつというわけだ」
「あ、なんで虹の話かと思ったら虹が出てる!」
「そうそう、あとはなかなか傘を畳まない理由として相合傘をしているときとかね。今みたいに」
「!」
お題『水たまりに映る空』
「ところで」
「はいはい。ところで?」
「今日はなんか冷たい」
「気のせいでしょ。それで?」
「ああ、辞書にあるのは言葉の定義のように思えるが、定義ではなく平均的な使われ方をまとめたものだ」
「ふーん」
「つまり、言葉というのは人によって含まれる意味も違うし、使い方もそれぞれ異なる場合もある。もちろんある地方では使われ方が違くてというのもある」
「なるほど」
「それでは不便なので、共通語、日本だと標準語というのが作られて意思の疎通ができるようにしている」
「そうだね。みんな違う言葉だと通じないもんね」
「だから辞書にない使われ方があったとしても、必ずしも間違いではない」
「なるほど」
「辞書が正しい、かつ常にそれを守っていたら言葉の変化は起きないはずだけど、今の言葉と江戸時代の言葉、そこまでいかなくても親の世代と私たちの言葉は違っている」
「そうだね。お爺ちゃんお婆ちゃんとかもなんか違う言葉使いしてる」
「それで、今回のお題は非常に言いにくいのだが……」
「なにが?」
「私たちの間の関係は恋か愛かそれとも?」
「そのどれでもであって、どれでもないとか?」
「いや、それはロジックとしておかしい」
「ワタシロジックワカラナイ」
「ここはベン図を描いて……」
「(だからダメなんだよ……)」
お題『恋か、愛か、それとも』