胡蝶花

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2/22/2022, 2:44:12 PM

『太陽のような』



全てを包み込む
神様のような暖かさ
と、
目を焼き切る
強烈な光

私アナタが居なくちゃ生きてけない。
私との圧倒的な差。

それはまるで、太陽のような

愛憎混沌
残酷な人。

2/14/2022, 11:34:14 AM

『今日の心模様』


チャイムもノックの音もなく、ガチャリ、と鍵が回されてドアが開く。次いで「ただいま」と、低い声がリビングに響いた。毎日耳にする聞き馴染んだ音。それに「おかえり」といつものテンポで返す。
「今日はエビグラタンだよ」と言うと彼はコクンと頷いた。「お風呂入ってくる?」と聞くと、彼は「いや」と一言返して奥の部屋へ歩いて行く。着替えてくるようだ。

抑揚のない平坦な声と仏頂面からは、一ミリも感情は測れない。しかし、これは私たちの日常風景だ。彼は学生時代に「石像」とあだ名が付いたほど感情表現が苦手な人である。今日も至って普通、いつもと変わらないように見えた。
…が、シワの寄ったネクタイを私は見逃さなかった。
何となく彼の一日が想像できる。さてはあの人、いつもより落ち込んでいるご様子だ。いつもビックリするほど細かいことに目が向かう人なのに、ネクタイがシワだらけなことに気が付かないとは、かなり余裕が無いらしい。

着替え終わってリビングに戻ってきた彼に、早速問いかけてみる。
「今日の心模様は曇天のグレー、って感じ?」
一瞬の沈黙。これは図星だ。
「君は、本当に鋭いな」
眉一つ動きはしないけれど、彼なりに関心しているようだ。その反応に満足してキッチンへと向かう。後から彼も着いてきて、二人分のグラスとボトルワインを用意し始めた。私はグラタン皿をオーブンから取り出しながら「殿がご乱心であらせられるならば、ワタクシめは何時までもお話をお聞きしますぞ」とおどけて見せた。
彼の口元が少しだけ緩む。
安心しきった彼の表情。私はこの優しい瞳がたまらなく好きなのである。

テーブルの上には、湯気の立つエビグラタンが二皿、グラスが二つ、ワインのボトルが一本。二人で席に着き、いただきます、と手を合わせた。

2/6/2022, 7:25:32 AM

『溢れる気持ち』


嬉しいことがあった。
感動したことがあった。
わくわくしたことがあった。
面白いことがあった。
幸せだと思った。

悲しいことがあった。
心配ごとがあった。
憂鬱なことがあった。
怖いことがあった。
死にたいと思った。

溢れる気持ちをすべて肯定してくれた君へ。
今は棺の中の、君へ。

体が酸素を求めて大きく口を開ける。
自分の中から溢れた気泡が溶けていった。
これが、君の見た最後の景色だろうか。
揺れる水面が綺麗だった。

美しいことがあった。

また話を聞いて欲しい。

12/11/2021, 8:15:25 PM

『何でもないフリ』


「フラれた。」
明るく、自嘲気味に笑う声。衝撃的な一言に、え、と掠れた息だけが漏れた。

「まぁでも、これからも友達でいたいって言ってくれた。変に気ぃ遣わないで欲しいって。優しかった、ホントに」
私が発言する間もなく、彼は言葉を続けた。口調こそ平静を努めているものの、声の震えが伝わってくる。泣くのを堪えているのだろう、視線を下に向けて両拳を握りしめている。もしくは、もう泣いた後かもしれなかった。彼が決心して教室のドアを開けてから、一時間は経っていた。

どう声をかければ良いのか、分からない。
静けさが痛かった。
しばらく沈黙が続いた後、最終下校時刻を知らせるチャイムが鳴った。遅くなる前に帰ろうと提案すると彼は黙って頷き、スクールバッグを提げて廊下へ出た。

体格のいい背中は、いつもより弱々しく見える。
彼は、落ち込んでいる時に励まされると余計に沈むタイプだ。底抜けに明るい性格をして、落ちる時はとことん落ちる。こうなると結構面倒くさいことを私は知っている。
普段の彼がこんなに繊細な面を持っているなんて、誰も想像できないだろう。彼の性格は私が誰よりも知っている。誇りを持って断言出来る。ずっと近くで、彼を見てきたから。

ずっと、好きだったから。

その感情は殺したけれど。
あの子を目で追う、彼の表情。切ない瞳だった。それを見て、この気持ちはとても伝えることは出来ないと理解した。この恋は彼を幸せに出来ない。
だから、彼の仕草に心臓が跳ねても、何でもないフリをした。せめて良き友であろうと決め、話を聞いては背中をおして、ずっと彼の恋路を支えてきたのだ。
彼が幸せであれば良かった。

けれど。
今、彼の背中を見つめ、思う。

────私は初恋を殺し損ねていたと。

気付いたら足を駆けて、大きな背中に手を伸ばしていた。
抱きついたら驚くだろうなと思いながら。

12/10/2021, 10:27:14 AM

『手を繋いで』

「いいよ」
凛とした声が耳を突いた。

静かにはっきりと放たれた三文字は、張り詰めていた緊張の糸をぷつりと切った。ドクドクと早鐘を打っていた心臓が、ゆっくりと速度を落としていくのが分かる。
トク、トク、と脈が正常のリズムを刻み始めたことに安堵した。大きく息を吸うと、湿気った空気が肺を満たした。長く長く息を吐いて、気持ちを落ち着けた。今は、目の前に広がる街並みを無感情で見ることができる。先程までの膝の震えは嘘のように消えた。泰然とした気持ちは、波ひとつ立たない湖畔のようだ。

もう、何も怖くは無い。

横を向くと、涅色の瞳と目が合った。二人同時に笑みが零れる。こんなに暖かな気持ちになれたのは久しぶりだ。

言葉を交わさなくとも、それが合図だと分かった。
二人いっしょに、重心を後ろへ傾けた。

ふわっ、と身体が浮遊して、途端に世界が反転する。
視界の全てに、紺碧の青空が広がった。

────暑いのに…合図じゃダメ?
────ダメダメ。絶対に離しちゃダメだからね。
────分かったよ…何でそんなに拘るんだか。
────…笑わないでね。
────手を繋いで飛んだら…

一緒に天国へ行ける気がするからさ。

数分前の会話が頭を駆け巡った。
そうか。
これで終わる。
二人で天国に行ける。

宙に舞った涙が、キラリと光っているのが見えた。
晴れ渡った空が美しかった。

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