『手を繋いで』
「いいよ」
凛とした声が耳を突いた。
静かにはっきりと放たれた三文字は、張り詰めていた緊張の糸をぷつりと切った。ドクドクと早鐘を打っていた心臓が、ゆっくりと速度を落としていくのが分かる。
トク、トク、と脈が正常のリズムを刻み始めたことに安堵した。大きく息を吸うと、湿気った空気が肺を満たした。長く長く息を吐いて、気持ちを落ち着けた。今は、目の前に広がる街並みを無感情で見ることができる。先程までの膝の震えは嘘のように消えた。泰然とした気持ちは、波ひとつ立たない湖畔のようだ。
もう、何も怖くは無い。
横を向くと、涅色の瞳と目が合った。二人同時に笑みが零れる。こんなに暖かな気持ちになれたのは久しぶりだ。
言葉を交わさなくとも、それが合図だと分かった。
二人いっしょに、重心を後ろへ傾けた。
ふわっ、と身体が浮遊して、途端に世界が反転する。
視界の全てに、紺碧の青空が広がった。
────暑いのに…合図じゃダメ?
────ダメダメ。絶対に離しちゃダメだからね。
────分かったよ…何でそんなに拘るんだか。
────…笑わないでね。
────手を繋いで飛んだら…
一緒に天国へ行ける気がするからさ。
数分前の会話が頭を駆け巡った。
そうか。
これで終わる。
二人で天国に行ける。
宙に舞った涙が、キラリと光っているのが見えた。
晴れ渡った空が美しかった。
12/10/2021, 10:27:14 AM